社会人二年目となった今年、仁も会社組織の中で一番下に近い2年目という事もあって、本来、思い描いていた生活とはかけ離れている生活を送っており、所謂下っ端の仕事に徹しているらしい。
「大変だな」
「そりゃ、お互い様だろう?そっちだって昼夜、休日関係なく、そうやってメール入ってるみたいジャン」
「あぁ、悪い。どうしても緊急の場合は連絡しなきゃならないから音は消してるけど、メール着信お知らせライトが光るから気になるよな。」
「いや、それはまったく構わないが、仁が落ち着かないだろ?」
仁がテーブルの上に置いた画面を上にした携帯の音もバイブも消しているのだが、メールの着信があるたびに光るので、そのたびに視線を画面に移す仁を見ながら、休日もないようなものなのかと、就労時間などあってないようなものと仁が入社当時に語っていたことを思い出していた。
「コミュニケーションの齟齬が一番怖い世界だから、仕方ないと言えば仕方ないんだ」
確かに分刻みの仕事内容からすると、頷ける。
「誰が保護されたって? 仁は未成年には流石に見えないだろ?」
「はぁ……。余計な疲労蓄積材料が来た」
「ハッ? 誰が疲労蓄積材料だって? 失敬な。仮にも明日の医学界を背負って立つドクター明良を掴まえて君、何を寝言みたいな事言ってるんだ?」
「……」
「貴博。何とか言えよ」
「すいません。レモンサワー下さい」
「おいおい。もしもし、高橋君?」
「はい。何でしょうか? 武田先生」
「何で、俺のもオーダーしてくれないんだよ。すいません。レモンサワー、もう一つ追加して下さい」
店員がオーダーが復唱したところで、ようやく落ち着いて明良が座った。
「まだ学生さんの明良が、羨ましいよ」
「ハッ? 羨ましい? 医大生なんて学生とは名ばかりで、殆ど自由になる時間なんてないぜ?実習と課題レポートとかに追われてる毎日だし……」
「だけど好きでなろうとしてるんだから、それはそれで充実してるだろ?」
「それは、お二人も同じかとご推察致しますが? だから、目標が違っても前途遼遠ってこと」
明良の言う通りだ。まだ俺達はそれぞれの道を歩み始めたばかり。それは希望に胸膨らませて入社した日から、まだ一年ちょっとしか経っていない。確かに、その道程は長いかもしれないが、それが簡単に達成出来てしまっても面白みに欠け、逆に順風満帆にいかないところがまさに人生の醍醐味と言えるだろうと最近は思えるようになっていた。
明良が登場したところで、もう一度、仕切り直しの乾杯をして、お互いの近況報告のようなものをしつつ、最近明良が始めたダイビングの話に仁と二人、耳を傾けていたが、散々語った挙げ句、明良はトイレに席を立ってしまった。
「明良のペースに、完全に呑み込まれてるな。俺達」
「そうみたいだ。仁はそうすると不定休なのか……」
「あぁ、基本は週休二日で、土、日が休みにはなってはいるけど、それは建前上の事。そのとおり休んでいたら何も捗らないし。この業界は生きて行かれない」
そういうものなのか。己の可能性に賭け、組織の中で生き抜いていく。語彙を変えれば、企業の中で生き残っていくためには、多少の私生活は犠牲にせざるを得ないという事だろう。
「そう言えば、泉ちゃんは元気?」
「あぁ」
ふと、昨日の彼女の言葉が思い出された。「私は……私は貴博さんと一緒には暮らしていないから……」と言った彼女の言葉の裏には、ミサと暮らしていた俺に対する潜在的な思いが明敏に表れたのだろう。
「最近、露出度多いよな。雑誌とかでもよく見掛けるようになったし」