見上げた貴博さんの瞳に私が映っているのが見えるほど、こんな近い距離に居るのに……。それなのに、引き留める事が出来ない。
「おやすみ」
閉まっていくドアから貴博さんの姿が消え、冷たいドアの閉まる音が響いた途端、ドアに手を当てながら床にズルズルと座り込んだ。
「貴博さん……」
聞こえるはずもない、涙声になりながら呼んだ名前。貴博さんにとって私は……。
クラブに行ける時間があって、女の子達と談笑出来る時間もあって……。女性と親密に話せる時間までもがあるのに、何故、私との時間はこんなにも短いのだろう。だいたい夕方から逢って食事に行って、その後、家まで送ってもらう。手を繋ぐ事はあっても、それ以上の事はない。いつも別れる時、貴博さんは黙ったまま、何秒間か私を見つめてくれるが、その後には「おやすみ」の言葉だけを残して帰って行ってしまう。ほんの僅かな期待に胸を膨らませながらも、いつも落胆しか残らない。沖縄の砂浜で、夕陽をバックに交わしたキス。あれから一年以上の歳月が流れている。何も進展のない貴博さんと私。貴博さんは今の関係に満足しているのだろうか。それとも、私の事を彼女とは思ってくれていないの?貴博さんの事は信じている。信じているけれど、不安ばかりが募っていく毎日だった。