新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「子供の頃の視界は狭かったけれど、自分の気持ちや心には正直だったんじゃないのかな。些細な事と今は思える事も、生まれて初めて感じた事、見たものは覚えていないにしろ、純粋に嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しいと言葉に出来ていた頃から、根本的には人は変わっていないと思うよ。ただ、年齢を重ねていくうちに、恥ずかしさが先に立って素直に嬉しさを表現出来なくなったり、我慢してしまったり……。それと同時に得られるものも多くなっているから、些細な喜びに気づけなくなってしまった。悲しさも同じ。喜怒哀楽を子供の頃のように、全てをさらけ出せない自分の立場があることを認識しているから。すべてを相手にぶつけてしまったら、それこそ社会では世間を狭くするだけで、その立ち振る舞いを知らず、知らずのうちに人は身につけていく。それはとても大切な事なんだが、それと同時に、大人の振るまいとでもいうのかな。純粋に喜ぶ事や悲しむ事は、いけない事のように錯覚してしまう。でも時に、人に迷惑を掛けるような事でもない限り、心の底から自分の感情を素直に表す事も人は大切だと思う。生身の人間なんだから、すべてをコントロール出来る完璧な人間なんていないのだからね」
「貴博さん……」
貴博さん。その大きな心と広い視野は、何処から培ったの? 貴博さんと私は、年齢もさほど変わらない。貴博さんの方が一つ年上なだけなのに、何故、こんなにも大人なんだろう。
「偉そうな事を言ってる俺も、長年ずっと逢いたかった人に逢えた時、何も言えなくなってしまっていたんだ。あれも言ってやろう。これも言ってやろうと長い年月を掛けて思っていた心の内を、逢った途端、すべてが真っ白になってしまって何も言えなかった。何故だと思う?」
「えっ? 緊張して忘れてしまったとか……。そんな事、ないですよね。貴博さんに限って」
いつも冷静な貴博さんが、緊張で頭が真っ白になるなんて有り得ないもの。
「それもあるな。あと……長い間、ずっと溜め込んできた言いたかった事を覆してしまうほど、逢えた喜びの方が勝っていたから。蟠りだとかそんなちっぽけな事は、もう頭の中から消えていた。逢えた嬉しさは、きっと周りから見たら些細な事で、良かったね!で終わるのだろうけれど、俺にとってはその些細な出来事が一番大切に感じられたんだ」
貴博さんは、いったい誰に会えたのだろう? ミサさんとも違う気がする。
「その些細な喜びに気づかせてくれたのは、君だった」