「あっ、す、すみません。私、何か舞い上がっちゃって、その……はい。大丈夫です」
「それじゃ、今、俺も自宅近くに居るから、これから電車に乗ってそっちに向かうから。駅に着いたら、また連絡する」
「はい。わかりました」
「それじゃ」
握っていた百円硬貨を財布に戻し、駅に向かう。この左手を離した時、彼女はさっきの俺と同じ仕草をしていた。それは心恋し温もり。もしも、彼女は俺と同じ思いだとしたならば……。
思いがけず貴博さんと会える事になって嬉しいはずなのに、緊張感でいっぱいで落ち着かず、どうしようもない。きっと、もう今年は会えないとさえ思っていた。それなのにまだ十二月にもなっていないのにまた会えるなんて、何かあるのではないかと変に勘ぐってしまう。でも……。駅に着いたら電話すると言っていた貴博さんだったけれど、という事は家に来るわけで……。そうなると、部屋に上がるのかもしれない。良かった。昨日ちょうど掃除をしていたので、一応、見られる部屋ではある。念のため、トイレ掃除とキッチン周りの片付けをして貴博さんからの連絡を待っていた。貴博さんから会おうと言ってくれたのは、初めてだ。こんな事だったら、さっきの撮影でヘアメイクさんにしてもらっていたセットを崩すんじゃなかったな。でもあれじゃ、いかにも!という感じだったから。少し残っているカールを上手く使って、後で束ねていた髪を解いていると、ちょうど携帯が鳴った。
「もしもし」
「高橋です。今、駅から歩いてるので、もう少しで着くから」
「はい。お待ちしてます」
電話を切ってから、お待ちしてますと言った事を後悔していた。これじゃ、まるで部屋に上がって下さいと、言っているように聞こえなかったかと……。
ピンポーン。
そうこうしているうちに、予想していた駅からかかる時間よりも早く貴博さんが着いてしまった。やはり男の人は歩くのが速いな。


