新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


兄貴にも会っていたのか。何も知らなかった。というか、兄貴自身、父親の存在そのものを否定していた人間だ。当然、俺にはその出来事など知らされるはずもなかったのかもしれない。兄貴は、うろ覚えの父親と対面した時、何を思ったのだろう。やはり先ほどのように、握手を交わしたのだろうか。
「いろいろ君も言いたい事はあるだろう。そして何故?という疑問も多いと思う。この世知がない世の中にあって、数々の事情があって名乗り出てくる事もない別れた親が多い中、幾年月を経ても、我が子への思いとその我が子の前に出ても、恥ずかしくない人生を送ってきた親としての最低限の姿勢。再会出来た所縁を大切にしてはどうだろう」
「……」
今までの過去を許すとか許さないとか、そんな次元の問題ではない。「人は過去の出来事を記憶して、それを幾度となく蘇らせながら成長していく生き物なのよ」お袋の言ったあの日の言葉に、今更ながら重みを感じる。
「血は水より濃し。門倉君のDNAを引き継いでいる君は、知らず、知らずのうちに経営学や会計学というものに自分でも惹かれたのだろう。その結果、得意分野になっていった。少なからず、私が導いた事もあったが、最終的に公認会計士への道を選んだのは、紛れもなく君自身だったはずだ。身近な手本を最大限に利用する事は、この世界にあって吝かではないと私は思う」
「利用するとは、また……」
「私は根が正直なもんでね、門倉君。そうだ、お母様。良い機会ですから、校内を少しご案内しましょう。学生も、今日は殆ど日曜で居ませんから静かですし」
「あっ、そうですか?貴博が通っている大学の校内を見たかったのです。中学や高校の時は、何度か三者面談等で訪れた事はあったのですが、大学ともなると……」
「そうでしたか。それなら喜んでご案内させて頂きますよ。それじゃ、行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
まるで示し合わせていたかのように、教授とお袋は部屋から出て行ってしまい、残された部屋の空気は当然、息苦しいものだった。
「突然の事で、驚かせてしまって済まなかった」
「いえ……」
反抗期はとうの昔に終わったはずなのに、あの頃の尖ったクライシス的な感情が表に噴き出しそうで、必死に両手の拳に力を込めながら堪えている。
「会計士補に受かったそうだね。来年の秋には最短で会計士になっているかもしれないな」
「はい」
「親として、何もしてやれなかった事を今悔やんだところで、何も取り返す事など出来ないが、私の持っている全ての会計士としての知識を、貴博には伝えたいと思っている」