「貴博。今まで、黙っていてごめんなさい。貴方を騙すような事をして……」
隣に座るお袋の表情が、みるみる曇っていくのがわかる。伯父さんと言っていた相手は、俺の父親だった。俺と兄貴の……。聞きたいことは山ほどある。籍も入れずに、何故俺達を産んだのか。兄貴だけならともかく俺までも……。しかし、今更言ったところで何が始まるのだろう。
「大人の事情……ですか?」
21年間生きてきた俺が、全てを鑑みて父親として名乗り出た人物に対する最大限の皮肉を込めた言葉だった。
「貴博や樹には、本当に済まなかったと思っている」
通り一辺倒な言葉に、腹を立てるどころか虫ずが走る。兄貴や俺には、本当に済まなかったと思っている?それじゃ、お袋はどうなる。ずっと帰りを待っていただろう、お袋の気持ちは……。お袋がどんな形にしろ、愛する人の心変わりに気づけなかったはずがない。俺とは違う。確実に俺は、ミサの心変わりに気づけなかった。でもそれは、ミサも同じように俺の事を愛してくれているという自惚れがあったからだ。お袋の場合は、自分の元に帰らぬ愛する人を来る日も、来る日も待ち続けていたのだろう。その愛する人と何らかの重大な理由からだろう、俺を産んですぐに別れた。見ると、心底、自分の犯した俺に対する行動や言動を反省しているのがわかるほど、曇ったその表情と落とした肩が悔悟の色を成している。
「謝るべき相手は、俺ではないんじゃないですか?」
俺の言葉が矢を射ったのか、伯父さんは口を少し開け、俺を凝視したまま身じろぎもしない。
「21年間、ずっと伯父さんのその言葉を待っていたのは、俺ではなくお袋だと思いますが」
「貴博君……」
何時からだろう。人を愛する事は慈しむ事の表れだと知るようになったのは。何時からだろう。相手を慈しむ事の出来る人は、自分をも大切に出来る人間。つまり、周りへの配慮が出来る存在であってこそ、初めて自分も愛される資格が持てるという事を……。ミサへの思いは、あれは愛と呼べるものではなかった。自分の思いだけを押しつけ、ミサの気持ちや願いなど、何も考えてあげられなかった。思い返してみれば、いつも一緒に居たならばすぐに気づけそうな事だったのに、そんな簡単な事に気づけずに失ってしまったミサの心。それに気づかせてくれたのは……。
「長い年月を掛けても今も尚、解決できないもの。それは当事者同士にしかわからない、不可侵な部分。しかし、それをも忌避する事が出来ないのが、血縁というものだよ。高橋君」
教授……。
「過去の君が知り得る事など決してない出来事に、とやかく口を挟むのは如何なものかな。ただ言える事は、君の前に居る人は紛れもなく君の父親であって、逃げも隠れもせずに名乗り出たその行動と葛藤に、子として感謝すべきではないかね?」
「……」
俺の父親。兄貴の父親でもある伯父さん、門倉司。
「樹にも、樹が就職する前に会って頂いているのよ」
「えっ?」


