床の規則正しいPタイルの繋ぎ目を見ていた俺は顔を上げ、もう一度その人物の顔を直視した。
「伯父……さん?」
「やっと思い出したか。大きくなったな、貴博君」
近寄ってきた伯父さんは、俺の肩を左手で叩きながら握手を求めてきて、すぐにそれに従うと力強く俺の右手を握りしめた。
「こんにちは」
「あんなに小さかったのに、もう身長も抜かれてしまったな」
無難な挨拶と、おざなりの相槌のような返答をしながら、このシチュエーションをもう一度頭の中で描いていた。母親に「日曜日に会って欲しい人が居る。会えばわかるから」と言われ、言われるまま付いてきた場所は、ゼミの教授室。そして今、この部屋には教授とお袋、そして伯父さんと俺が顔を揃えている。教授とお袋は、お袋が「初めまして。貴博の母です」と言ったという事は、面識はなかったが恐らく電話等では会話を交わしていたはずで、でなければ、「お母様も、よくいらして下さいました」という教授の言葉は出てこなかっただろう。しかし、教授と伯父さん、教授と母親の接点の見当が付かない。その根底にあるのは、多分、教授と伯父さんとの関係。いったい、教授と伯父さんとの接点は……。そして、もう十年以上は会っていなかったはずの伯父さんが、何故今頃になって俺の前に現れたのだろう。
「立ち話も何ですから、どうぞお掛け下さい」
「ありがとうございます」
教授に誘われるようにして、お袋は小さめの応接セットのソファーに腰掛けたが、俺は立ったまま、まだこの対面の意図を探っていた。
「高橋君も、立ってないで座りたまえ」
「貴博」
俺の前を通り過ぎて教授に勧められ、奥に座った伯父さんの動作を見ながら、お袋に促されるようにしてソファーに座ると、教授は手を拱きながら俺を見た。
「さて。高橋君の頭の上の疑問符を、取り除くとするかな」
お見通しなのか。それともそれすら、最初から計算されていた事なのかという邪推さえ浮かぶ。
「君の将来の去就を私に託して貰ったからには、軌道に乗ってもらうまでは、私の責任でもあるからして、本日は、君とお母さん。それから……門倉君にもお越し頂いた」
伯父さんは、門倉という名前だったのか。それすら覚えていない。否、最初から聞かされていなかったのかもしれない。物心ついた頃には、伯父さんの姿を見る事はなくなっていて、その存在そのものも俺は忘れていたに等しい。しかし、教授は門倉君というからには、教授と同級生。或いは後輩にあたるのだろう。教授の年齢は定かではないが、恐らく五十代後半。若しくは六十代前半といったところで、伯父さんも同年代に見える。
「高橋君の将来の夢を、もう一度聞かせてくれないか」
「公認会計士になる事です」
今更、変わることなどない。すでに賽は投げられたのだから。即答した俺を見た教授は、微笑んでいる。
「そうだったな。それで、会計士補にも受かった。あとは実績を積んで会計士の試験に合格する事。まあ、その前に卒論と卒業という課題も残ってはいるがな」
「はい」
見えない……。未熟な俺にとっては、雲上人の教授の意図する事が……。
「門倉君は、公認会計士なんだよ」
「えっ……」
思わず、公認会計士という言葉に過剰反応して、声に出てしまっていた。伯父さんは公認会計士だったのか。名前も知らなかった幼かった俺が、職業すら知る由もな……あっ……。
「貴博ちゃん。百円をあげよう」
「伯父ちゃん。ありがとう」
「いいか、貴博ちゃん。この百円を如何に使うかが問題なんだ……」
遠い昔。断片的だが、伯父さんと交わした会話が蘇ってきていた。
「伯父さんは、何の仕事をしてるの?」


