新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「誰?」
「会えばわかるから」
「何だよ、それ。理由もわからず時間は取れないし、図書館も行きたいと思ってるから」
パソコンの検索だけでは補いきれない膨大な資料を集めるには、やはり図書館が一番だったりする。今度の日曜は、都立図書館に行きたいと思っていた。
「その図書館より、ためになるはずだから」
「ハッ?」
「とにかく、日曜日。9時に家を出るからそのつもりで」
「ちょっ……」
しかし、言い出したら聞かないお袋の性格からいって、とても断り切れる理由は見つからなかった。
そして、問題の日曜日。お袋の運転で向かった先は、見覚えのある場所だった。
「何で日曜日に、俺の大学なんて来るんだ。ここで、いったい誰に会うつもりなんだよ」
「いいから、黙ってついて来なさい。降りるわよ」
「……」
いったい、お袋は何を考えているんだ。それより、俺の大学で誰に会うつもりなんだ。皆目見当も付かないまま、人気のない日曜日の暗い通路を歩きながら校内の一つの部屋の前に立っていた。
「ここだわ」
ここは……。
俺が気づくと同時に、お袋がドアをノックすると、部屋の中から声が聞こえたのでドアを開けていた。
「失礼します」
お袋の声に反応して、窓から外を眺めていたのか、振り向いた教授が窓際の机の後に立っていた。
「やぁ、高橋君。よく来たな。お母様も、よくいらして下さいました」
「初めまして。貴博の母です」
「教授。これは、いったいどういう……」
すると、入り口ではドアの扉が死角になって見えなかったが、お袋がドアを閉めて部屋の中に入ると教授から少し離れた窓際に、もう一人、外を眺めている後ろ姿の人物が見えた。
「折を見て君に会わせたかったのだが、中々きっかけがなくてな。しかし、君の就職も内定を貰えたとの事。機は熟した感があったので、今日はおいで頂いた」
おいで頂いたと言った、教授の視線の先にあった人物がこちらを振り向く。
「初めまして。というか、久しぶりと言った方がいいのかな、貴博君」
微笑んだ表情に見覚えがあるが、うっすらとした記憶の彼方にぼやけた風景だけが広がっていて、すぐに思い出せずにいる。そんな俺の反応に、物足りなさを感じたのか、見覚えのある人物は語をついだ。
「君も、久しぶりだな」
「えぇ。変わらず、お元気そうで何よりです」
いったい誰なんだ? お袋も知っているこの人物。その隣に立っている教授は視線を俺とその人物とに等分に向けられている。口元を綻ばせ、さながら、興味津々といった体なのが手に取るようにわかり、正直な人なのだという事は窺い知れるが、今の置かれた俺の立場からすると、奸悪な陰謀家のように見えてしまう。
「貴博。ちゃんとご挨拶なさい」
和やかなムードになりつつある部屋の空気に反駁するように、横にいるお袋に視線を向けると、俺の瞳が物語っているのを悟ったのか、お袋の柳眉が音もなくカーブを描きながら、紅唇を閉ざした。お袋の性格も教授の人と形は熟知している。恣意的にこの対面を計画したとは考え難い。いったい、この人物は誰なんだ。思い出せそうで思い出せない。しかし、「久しぶりと言った方がいいのかな、貴博君」と語ったという事は、確実に初対面ではない。俺の名前も知っていて、しかも「君も、久しぶりだな」と、まるでお袋とも昔から面識が……。
あっ。