「だけどそんな君を不安定な状態にしてしまったのは、その一因は俺にある。図らずもミサに今日会っていた事は、人として君に不快な思いをさせてしまっていたのは事実。悪かった」
あぁ……。こういう人を、誠実な人というのだろう。自分の気持ちを押し殺しながらも相手の事を慮って、あの場所で立場上、ミサさんの誘いを断ったら周囲の目からして、ミサさんの面子は丸潰れになっていたはず。だからこそ、貴博さんは二つ返事でミサさんの誘いを受けた。その誘いをどんな思いで受けたのかは、図りしれないけれど……。そして、私の事も考えてくれていた。あの場で何も告げずに貴博さんが行ってしまっていたら、きっと今頃は苛立ちと共にミサさんへの思いが憎悪に変わっていたかもしれない。私の気持ちも踏まえて、貴博さんは終わったら連絡するといってくれていたんだ。そんな貴博さんの気持ちをくめなかった私は、貴博さん以上に遙かに未熟。目先の事に捕らわれて、目にしたものに一喜一憂して……。貴博さんはたった一人の貴博さんであって、ミサさんを含めての貴博さんではない。私は私。貴博さんにも私個人を見て貰いたい。この世界に入ってからもミサさんは憧れの人で、そして良きお手本だった。そのミサさんの元彼氏が貴博さんだったのは偶然の事。昔からミサさんの技を、いつも盗んでいた。私的感情で、優れた技術を手本に出来なくなっていたら……。冷静に考えると、ゾッとした。貴博さんが言ってくれなければ、私はミサさんを憎んだだけで終わっただろう。それを気づかせてくれたのは、紛れもない貴博さん。ちゃんと私を見てくれていたなんて、こんな嬉しい事はない。そう考えられるようになったのは、少しは大人になったのだろうか。否、これも貴博さんのお陰なのかもしれない。
「貴博さん。謝らなきゃいけないのは、私の方です。ミサさんとランチに行かれていたと、てっきり思い込んでしまってあんな酷い事を……」
「いいんだ。言われて当然のシチュエーションだった」
「でも……。本当に、ごめんなさい」
「……」
貴博さんが、立ち止まると黙って私を見つめていた。お願い。そんな澄んだ綺麗な瞳で、見ないで欲しい。淀んだ瞳で、貴博さんを見ていた自分が恥ずかしいから。
「高橋貴博です」
エッ……。
いきなり貴博さんが右手を差し出し、まるで握手を求める動作をしていたので、不思議に思い貴博さんを見上げると、はにかんだような表情で微笑んでいる。
「あの……。坂本泉です」
「よろしく」
「よろしくお願いします」


