新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「高橋君、今夜……暇?」
「あぁ……。バイトが終われば空いてるけど」
「それじゃ、バイト終わったら家に来ない? ご飯作って待ってるから」
「いいよ。終わったら連絡する」
大抵の場合、独り暮らしの女からの誘いはそっちがメインだったりして、遅くなっても一向に構わない時間帯の約束が多かった。
目の前に横たわり、潤んだ瞳で俺を見ている女の顔を見ていても、その後ろに彼女の面影を見出してしまう。
それを掻き消すように、目の前の女の体を貪りながら虚しさだけがただ増していく日々。
「それじゃ、またね」
「ごちそうさま」
女の部屋のドアを閉め、駅に向かうこの時間がいつも嫌いだ。
いったい俺はいつまでこんな生活を続けているんだろう。今日は雑誌の撮影か。
このままじゃいけない。このままじゃ……。
「泉ちゃん。そこ首に両手を回して片足あげて。はい、こっち向いてぇ」
女性誌の撮影はいつも暇なことが多く、仁と二人で待ち時間話すことの方が多かったりもする。
「貴博、今度のゼミ合宿どうする?」
「どうするって、行くけど」
「そうか。それなら良かった。ゼミの教授に、どうやって口実作ろうか悩んでたから」
仁のヤツ……。
「悪かったな、仁。俺のことは、もう心配いらないから」
「……」
「仁?」
どっちに想像してる? 仁。
「授業、ちゃんと来られる?」
「大丈夫だ。三年にもなったことだし、ちゃんと一発で大学は出るよ。何となくだけど少し将来の事も考えたりもしてるから」
まだ本当は、何も決まっちゃいない。だがそろそろ決めないといけないことも、十二分にわかっていた。
「そうなんだ。それじゃ、そろそろ女遊びも卒業か?」
「フッ……。そうだな」
仁の言いたいことはよくわかっている。だが敢えてお互い核心に触れないのは暗黙の了解とも言える年月を共にしてきた故の、あ・うんの呼吸とでもいうのかもしれない。
「仁さん、貴博さん。これに着替えて下さい」
「はい」
初夏の陽気の中、見た目、見るからに暑苦しい秋の装いをしなければいけない先撮りの仕事は体力勝負。
汗をかかないように極力水分は摂らないようにしたいが、実際そうも言っていられない。
服装とメイクがバックの景色とミスマッチだが、そこは今の世の中、合成と修正という技術を駆していかようにも変えられる。
便利な世の中になった分、生身の人間は酷使されるという、何とも理不尽さを感じざるを得ない。
「それじゃ、泉ちゃん。貴博に思いっきり抱きつく感じで腕組んで二人で歩いてみて」
「はい」
ん? 何だ?
「あの……」
この子は、何を遠慮しているんだろう。
「別に遠慮しなくていいよ」
「はい……。よろしくお願いします」
だが、何度やってもなかなかOKを貰えず、10回以上は繰り返しただろうか。
同じ場所を何度も歩きながら彼女と腕を組み、顔を見合わせ微笑むという動作を続け、やっとOKが貰えた時には、お互いメイクを何度直したかも忘れてしまっていたほどだった。