「まずいんじゃないのか? あの子は」
砂浜で彼女と別れた後、ひとり紺碧色から群青色へと染まりゆく夜の海を眺めていると、不意に後ろから声がして、振り向く間もなく仁が隣に立っていた。
「覗き見とか、悪趣味だな」
「覗いてたんじゃなくて、たまたま見えちゃったってとこだ。あれだけのシチュエーションで、大胆な行動に出てれば目立つって」
「……」
夕陽をバックに彼女と浜辺に居たことが、そんなに大胆な行動とも思えない。だが……。
「貴博。あの子は、まずいだろう。それぐらいお前だってわかってたはずなのに、何で手を出した?」
「ん?」
「あれほど女遊びの激しかったお前が、気づかなかったはずがない。そういう子じゃないことぐらい……。多分、向こうは本気だぞ」
「耐えられなかった」
「はぁ? 貴博。お前、どれだけ野獣と化してるんだよ。耐えられなかったって、それ……」
「似てたんだ」
「えっ? 似てた?」
それまで仁が呆れたような態度をおもむろに表すように、砂浜にしゃがんで意味もなく砂をいじっていたが、右手に掴んでいた一握りの砂を砂時計のように少しずつ掌を広げながら砂浜に落としていき、落とし終わると不思議そうな表情を浮かべ俺を見上げた。
「まるで……振り向いてもらおうと必死だった、あの人に初めて出逢った頃の俺を見ているようだった」
「……」
照れくささを隠したくて仁の横に俺もしゃがみ、両手で砂浜の砂を掬い上げた。
「俺も、きらきらとしたあんな瞳で、驚くほどにストレートにあの人を見ていたんだろうな」
「貴博……」
「正面からぶつかっていって、受け止めて貰えて、有頂天になってさ。もっと相手に受け止めて貰いたくて、知らず知らずのうちに周りも見えなくなって……。俺の気持ちだけが器以上に大きくなり過ぎて、そしていちばん大切なはずの人の気持ちにさえ、気づけなくなっていた」
「貴博。お前だけが、悪い訳じゃないだろ」
両手の指の隙間からこぼれ落ちていく砂は、まるですり抜けていったミサの心のようだ。決してあの頃の俺では、満たしてあげることは出来なかったミサの心。
「フッ……。そう思ったら、彼女の顔を見ているのが恥ずかしくなって……」
「知らないぞ、俺は」
仁は、パンパンッと両手を叩いて手に付いた砂をはらうと立ち上がった。
「ハハッ……。心配無用だ。今の俺は、それどころじゃない。きっと、彼女もそのうち忘れてしまうさ」
「それは、どうかな」
仁は、脅かすように半分茶化しながらも俺を指さした。
彼女も俺も夢がある。その夢に一歩踏み出した今、お互いそれどころではないことも俺は知っていた。前途は、まだまだ多難だということも……。
「仁。俺にとってあの人とのことは、まだ終わってはいない」
「貴博?」