「あの時、君と話していなければ今の俺はなかっただろう。君に言った偉そうなあの言葉は、本当は俺自身への戒めの言葉だった」
「貴博さん」
貴博さんの穏やかな瞳に今、私の姿が映っている。きっと同じように私の瞳にも、貴博さんの姿が映っているのだろう。
今、この時、この場所で貴博さんに会えたことは何物にも代え難い。
「お礼を言うよ。俺の方こそ、ありがとう。君のお陰で、俺は一歩を踏み出せた」
「そんな……」
貴博さんからお礼を言われるなんて、思ってもみなかった。その優しい眼差しが今、私だけに注がれているだけでじゅうぶんなのに。
真っ先にオーディションに合格出来た報告を貴博さんに出来て、この上ない幸せを感じているだけで、もうそれだけで……。
「貴博さん。私はそんな貴博さんが、大好きです」
?だ。無意識に出た言葉に、自分で驚いてしまった。
辺りが少し暗くなってきたが、朱に染まった西の空に貴博さんの右半身と私の左半身が照らし出されていて、ここだけはまだ明るく感じられる。
「フッ……。君は、随分ストレートに来るな。それじゃ、俺もストレートに答えなきゃいけないだろ?」
エッ……。

「ありがとう」
スッと貴博さんの左手が伸びてきて私の右頬に触れると、朱に染まった西の空が見えなくなり急に暗くなると同時に、貴博さんの唇が私の唇に重なっていた。
どうしよう……。
貴博さんと今、キスをしている。唇と唇が触れただけなのに、身体が硬直しているのがわかる。
沖縄の海。
夕暮れ迫る砂浜で、貴博さんとキスするなんて……。ほんの一瞬だったのに、このまま私はどうかなっちゃうそうだ。
貴博さんの唇が離れても、そのまま抱きしめられていた。
「来て良かった」
貴博さん?
「この沖縄の仕事、最後まで迷ってたんだ。まだやらなければいけないことも沢山あって……。だけど気分転換も必要だからと仁が言ってくれて、それで来たんだ。でも来て良かった。これが最後のモデルのバイトになると、社長にも話してきてたから。君にも会えて良かった」
「貴博……さん」
いろんな思いが交錯してきて、涙が溢れ出していた。オーディションに受かった報告を貴博さんに出来た嬉しさ。その貴博さんと、もう一緒に仕事が出来ないという寂しさ。いずれ自分自身も専属契約をすれば、貴博さんと出逢えたこの仕事は辞めなければいけないという現実。