生まれ育った場所は、しばらく来ないうちにまた一段と家が立ち並び、新興住宅街とはいえこの新築ラッシュの勢いは、ここだけ不況という二文字が当てはまらない気がする。
見慣れない人や他府県の車のナンバーも増え、こうしてどんどん隣近所に誰が住んでいるのかさえ、わからなくなっていくのかもしれない。
久しぶりの実家の玄関の前に立ち、一瞬インターホンを鳴らすべきか否か迷いつつ、自分で鍵を開け玄関のドアを開けた。
独特の実家の匂い……。
住んでいる時には気づかなかったが、離れて暮らしてみて初めて気づいた。懐かしくもあり、ホッと出来る瞬間でもある。
「ただいま」
誰にともなく、自然と声が出た。
靴を脱ぎ、慣れた動作で何の違和感もなくいつも履いていたスリッパを履いてリビングに向かうと、お袋がキッチンから顔を覗かせた。
「早かったわね。今、ご飯出来るからちょっと座って待ってて」
「あぁ」
ソファーに置いてあった新聞を掴み、リビングのテーブルのいつも自分が座っていた定位置に座って新聞を無造作に広げるも、自分のアパートでも読んでいたものと同じ新聞だと気づき、すぐに畳んで立ち上がってまた新聞をソファーの上に戻し、そのままキッチンに向かった。
キッチンに入るとお袋が何か作っていたみたいで、その横を素通りして冷蔵庫の牛乳パックを取り出してグラスに注ごうとしたが、何故か注ごうとした間一髪のところでお袋にグラスを取り上げられて、危うくキッチンの床に牛乳を撒き散らすところだった。
「何だよ、急に。危ないジャン」
「今夜は、そんなもの飲まなくていいわよ」
何だ?
「そんなものって、牛乳ぐらい飲んだっていいだろ?それとも何か他に飲むものあるのかよ?」
すると、お袋はまるで軽蔑するかのような視線で俺を見た途端、調理していたフライパンにヘラを置き、ガスの火を止めるとおもむろにグラスを2個手に取った。
「いらっしゃい」
「……」
何をする気だ?俺を呼び出してお袋はいったい。
「座って」
「何?俺を呼び出して話って……」
「貴博。あなた例の女性と別れたんですって?」
「えっ? あぁ」
いきなり単刀直入に、お袋は話始めている。
「そのことについて、付き合っていたことも別れたことも私は何も言わないわ。何を言っても聞く耳持たずだったことも、恋は盲目っていうぐらいだからと思っていたし、私も若い頃は人のことは言えた義理ではないから」
お袋……。
「だけど貴博、大学はどうするの?このまま出席日数が足りないと留年になるって大学から通知がきているけど、この先、あなたはどうするつもりなの?」
どうするって急に言われても何も考えてもいないし、考えるキャパも今の俺にはない。
「まだ、何も考えてないよ」
予想通り、お袋の話は大学のことだった。