仁さんは言うだけ言ってそのまま行ってしまったので、残された私は貴博さんの隣で気まずい思いをしていた。
「オーディション受けるんだ。いつ?」
貴博さん。
「いえ、まだ受けると決めた訳じゃないんです。カレンが他のオーディションと重なっちゃったから、良かったら受けてみればって詳細書いた用紙をくれたんです」
「そうなんだ」
受けてみたいと思う気持ちが、ない訳じゃない。だけど何も勉強してないし、心の準備だって……。
もうオーディション開催まで三週間を切ってるし、申し込みだってとっくに始まっていて出遅れた感も否めない。
「良いチャンスなんじゃないかな」
エッ……。
「チャンス……ですか? でも何も勉強してないし、受付だってもう始まっちゃってて……」
「こういうのって、案外そんな感じで受けてみた方が受かる場合って多い気がするな」
貴博さん?
「よく言うジャン。友達と一緒に付き添いみたいに行って試しに受けたら、その友達は落ちて自分だけ受かっちゃったとか」
「そういう問題じゃ……」
すると前を向いて座っていた貴博さんが、私の方を向いた。
「もちろん受けるからには全力を尽くす。それに限るに決まってる。だけどチャンスというものは、そうそう巡ってくるものじゃない。受けなければ合格しない訳だし、たとえ落ちたとしても次へのステップにはなると思う」
次へのステップ。
たとえ、落ちたとしても……。
「でも面接でウォーキングの他に、簡単な表現力のパフォーマンスもしてもらいますって書いてあって……。そんな勉強してないのにいきなり受けても無理ですよ、きっと」
「無理? 無理って誰が決めたの?勝手に君が、最初から諦めてるだけなんじゃない? 受けなければ、受からない。諦めてたら、何も道は開けない。君は狭くても開かれている道を、自ら閉ざしてしまおうとしているんじゃないのかな?」
「貴博さん……」
「僅かな可能性に賭けてみたって、いいと思う。何もせず諦めてしまうこととは比べものにならないほど、確率は高くなる」
貴博さん。
貴博さんの物事に対する前向きな考え方は、本当に素敵だな。
こんな私のために話してくれるあなたは、どうしてそんなに優しいというか穏やかな心で接してくれるんだろう。
「貴博さん、私……。頑張って、オーディション受けてみようと思います。もし落ちてしまっても、またチャレンジすればいいんですよね」

「あぁ、そうだよ。だけど、頑張らなくていいんじゃない? 日頃の自分を如何に出せるかが、一番だと思うけど」
日頃の自分を、如何に出せるか?