「ううん。さっきカレンから受けてみたらって言われたんだけど、まだ迷ってて……」
「おはようございます」
あっ、この声は仁さん。
声のする方に視線をあげるとやはり仁さんで、その後ろに貴博さんの姿が見えた。
「私、呼ばれてるみたい。行かなきゃ」

後ろから声を掛けてきたモデルの子は、私の両肩を軽く揉むとそのまま撮影場所へと向かって行ったので、両サイドの空いている椅子を見て慌ててひとつずれる。
「ありがとう」
仁さんが微笑みながら私の隣に座ろうとしたが、そのまま何故かずれて私の隣の椅子に貴博さんが座った。
?。貴博さんが隣に居るだけで緊張しちゃうな。あっ、そうだ。
「あの……。先日は、ごちそうさまでした。すっかりお金払うのを忘れてしまって……」
言いながらバッグからお財布を取り出そうとして、持っていたオーディションの用紙を落としてしまった。
あっ……。
ひらひらと仁さんの足下に落ちた用紙を貴博さんが仁さんが拾い、私に返してくれた。
「ス、スミマセン」
良かった。内容までは、見られなかったみたい。
「あの、幾らお支払いすれば……」
貴博さんの方を見ると、貴博さんは首を傾げて私を見た。
「いいんじゃない?俺も幾らだったか知らないし。なっ?」
「あぁ。もう俺も忘れてたぐらいだから。ハハハッ……」
「でも、それじゃ困ります」
何か、気が引けてしまう。
「それより、オーディション受けるんだ」
エッ……。
唐突な仁さんの言葉に、用紙の入ったバッグをギュッと両手で押さえつけていた。
「ゴメン、さっき見えちゃったから」
「仁! 出番」
「おっと。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「あぁ」
「……」
これじゃまるで、言い逃げみたいな感じじゃない。