「別れましょう」
「何故?どうして急に……」
「他に好きな人が出来たのよ」
「それ、どういう意味だよ? ゴメン……。俺、上手く理解出来ない」
突然、他に好きな人が出来たって急に言われても……。
その後、俺の問い掛けに対して君の口から出てくる言の葉は、俺にとって打ちのめされることばかり。
「残った荷物は、適当に処分してくれていいから」
「……」
荷物を纏め出て行く君の後ろ姿に、ただ呆然と立ち竦みながらひと言も俺は声を掛けられなかった。
何でだよ、嘘だろう?
嘘だと言ってくれ。きつい冗談だと……。

今日も時間の経過も忘れ、過去への旅を続けていたらしい。最近の俺は、毎日同じことを繰り返してばかりいる。
ふと視界に入ってきた発光ダイオードの鮮やかなブルーが点滅し、暗闇の部屋の中で携帯の着信を知らせていた。
それではじめて夜だと気づいた俺も、どうかしてるな。
携帯を取る動作も気怠く感じられ、そのままその意思が声に表れる。
「もしもし……」
「話があるから、帰ってきなさい」
お袋?
そろそろ来る頃だとは思っていた。大学にも行かず、親の制止を振り切って、彼女と結婚するからと勝手に家を出た挙げ句、この始末だ。
一人で住むには広すぎる部屋から出る気力もなく、気力がないというより君との思い出の詰まったこの空間から、俺は離れることが出来なかったのかもしれない。
二ヶ月も、家賃を振り込むことすら忘れてしまっていたため実家に連絡が行き、成り行きから彼女との別離がお袋にバレた。
だが、その時は家賃を早く振り込みなさいと言われただけで電話は切れたのだが、遅かれ早かれ詰られても当然といえば当然の事。
しかし、何となく様子が違うような口調で、しかも本来ならば俺から話さなければならないはず。それなのにお袋から話があるとは如何に?
「話? 何の?」
無駄だとわかっていても、一応問いかけたが案の定……。
「電話じゃ無理だから、とにかくすぐに帰ってきなさい」
反論の余地も与えられぬまま、電話はすぐに切れてしまった。
お袋が俺に話とは、どういうことだ?
俺が世間体というものに対し大袈裟な表現をすれば、大学にも行かず好きな女性と結婚するからと家を出て、何処で何をしているかさえわからない自分の息子のことを親戚から聞かれれば、恐らくお袋は肩身の狭い思いをしていただろう。
今まで、何処で何をしていたのか?その事実確認をするというのであれば、俺から話を聞きたいはず。
だが、お袋は聞きたいことがあるとは言わず、それを敢えて話があると言った意図とは……。
性格的にいつまでもひとつのことに固執し、引きずる親とも思えない。だとすると、どうせ放置状態の大学のことだろうとあらまし想像はつくが、電話越しの言い方が妙に俺の心に引っ掛かっていて、何となくいつもと違う気配を感じたのは、やはり血縁が故の五感なのだろうか?
取り敢えず、嫌なことは早く済ませてしまおうと思い、嫌なことなのかどうかも今のところわからないが、さしあたって時間を持てあましていた俺は、携帯と財布だけ持ち実家に帰る電車に乗った。