「泉ちゃん。明日は雑誌の撮影と、その後、取材。大阪でラジオの収録が入っているから、朝7時に迎えに来るよ」
「はい。よろしくお願いします。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
自分の周りの環境が、目まぐるしく変わっていく。ボイストレーニングを積んでデビューに向けてのプロジェクトも着々と進み、言われたスケジュールをこなしていく。人一人を売り出すということが、こんなにも大変なものなのかと今更ながら事の重大性に気づき、怖じ気づいたところで、もう後戻りは出来ない。自分で選んだ道。自分の進むべき未来。自分の夢、目標を叶えるためには、多少の犠牲をも払わなければならないということを、日に日に身をもって実感していく。
あの日。私に別れを告げた貴博さんの瞳の奥には、私の今ある姿が見えていたのだろうか。恋だの愛だの言っている麗しくゆっくりと過ぎていく、はんなりとした時間など、とても無縁に等しい昨今の自分が置かれた環境。その環境の中に居る、居られることに誇りを持ち、自信を持って進んで行かれるようになるには、まだ少し時間が掛かるかもしれないけれど、自分を冷静に見られるようになったこと。それはそれで、少し成長出来たのかもしれない。自分一人の力だけでデビューなど到底出来るはずもなく、多くの人の支えによって進められていく計画。一人の人間のために、これだけの人達が関わってくれていることに感謝しなければいけない。貴博さんにふられた私が、世界中で一番悲劇のヒロインだと思っていたあの苦い日々。すべてのことから逃げ、何も考えられずに投げやりになっていた愚かな行動。今、思い出しただけでも喉の奥が酸っぱくなる。ミサさんに言われたことを理解出来ず、酷いことを言ってしまったこと。謝りたいと思いながら、なかなか仕事で一緒になることがなく機会を失っていた。今なら、素直に心から詫びられる。そして貴博さんとの日々を過ごしたミサさんが、自ら別れを告げた理由を聞きたい。あれだけのプロ意識に徹しているミサさんが、公私の私を全面に出してまで貴博さんを食事に誘ったあの日。きっと何らかの約束が交わされていて、その約束に私が絡んでいた。そこまでは理解出来る。けれど何故、ミサさんは私に、「貴博は、誰にも渡さないから」と、言ったのだろう。そこから先が、どうしてもわからなくていつも堂々巡りで終わってしまう。