翌日、昨日の予告通り、教授の個人面接が朝から行われ、待っている間に、「よし、それに決めた」などと、強引に進路を決めて面接に臨んでいるゼミ生の姿を見ながら、何か釈然としない俺は、昨日の用紙はそのままの状態で変更する気さえ更々なかった。
学生番号順で仁より先に呼ばれる俺は、前のゼミ生に声を掛けられ別室へと向かうと、すでにドアは開いていたので、入り口でドアをノックをすると教授が顔をあげた。
「入って、ドアを閉めてきて」
「はい、失礼します」
言われたとおりドアを閉めると同時に、教授に座るよう指示された。
「ここに座って、課題の二枚を見せて下さい」
「はい」
手に持っていた用紙二枚を教授に渡してから長机を挟んで用意された椅子に座り、教授の顔をジッと見つめていた。
恐らく、どのゼミ生とも異なる内容の記述などとはほど遠い短い文言故、教授から怒号か無言で突き返されるか、どちらかだろうと大方予想はついている。
「未定とは?どっちの意味の未定かな?」
「えっ?」
たった二文字。未定と書いた俺の用紙を見て顔を上げた教授から発せられた言葉は、予想外のものだった。
どっちの意味の未定?教授の言葉の深さに戸惑いを隠せない。
「高橋君は、将来の道を決め倦ねての未定なのか。それともまだ何も決まっていない未定なのか。どっちの未定と捉えればいいのかな?」
教授……。
視線を交わしながら、この人は多分俺が書いたたった二文字から選択させようとしているんだ。
「申し訳ありません。そのどちらでもないんです」
「どちらでもない?」
教授が、少し怪訝そうな顔をして俺を見た。
「はい。何も決まっていないどころか、何をしたいのか。まだどういう道に進んだらいいのかさえわからない状態です」
この期に及んで、恥も外聞もない。本当のことを言うしかなかった。
「ほほう……。君は随分、正直な人間なんだな」
「……」
「そういう私も、君の歳の時には今こうして君達学生を相手に仕事をしているとは思っても見なかったんだよ」
視線の先に映る教授の姿は、かつて自身も通ってきただろう。言い換えれば見聞を広めれば広めるほど無数に存在しうる、数ある選択肢の中から将来の道の選択をし、その結果、今があるという自信に満ちあふれた人生の片鱗を感じさせるオーラが出ていた。
「大いに悩んで苦しんで、そして最良の選択をして欲しい。安易な結論づけだけはしないでもらいたものだよ。だが……」
そこまで言い掛けた教授が会話をやめ、もう一度、書類に目を通した。
「君は会計学法や経営学理論などの論文の内容や成績は、他の学生より抜き出て優れているようだが、そっちの世界には興味はないのかね?」
会計学法や経営学理論?
そっちの世界?
「それは、どういう意味でしょうか?」
「会社組織の中においては経理の仕事、特に会計や監査などは、かなり重要なポジションにある。詳細は自分でリサーチしてくれないか……。まぁその前に、まずその君の惰性で生きているような感覚を直さなければいけないがね」
惰性で生きているような感覚。俺はそんな風に見られているのか。
「そう言われてピンと来るようならば、まだ君には選択の余地があるだろう」
「……」
間近で交わされた視線がぶつかる交点が、だんだん俺の方に押されてくるかの如く教授は畳み掛けるように言葉を続けた。
「明るい未来を夢見て自分の将来なんぞに期待しても、所詮、藻屑の泡と消えることしばし。期待すればするほど、落胆も大きい。が、しかしだ。己の一生、惰性で生きる人生より、たとえ惰性でも生き抜いてみせる人生の方が、いいとは思わんかね?」
「惰性で生きる人生より、たとえ惰性でも生き抜いてみせる人生……ですか?」
この人はいったい……。俺に何を望んでいるんだろう。