新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「つまり、高橋君。グリーンメールを仕掛けてきたのは内部の人間の関係者であるという事を、世間に公表するという事かね?」
「はい。おっしゃる通りです。敵対的買収の一種であり、それを自社に高値で買い取らせようとしている。副社長夫人がやっている事とはいえ、その責任云々を副社長に突きつけたところで、それはお門違い。夫人がやった事と、知らぬ、存ぜぬで突っぱねられてしまうでしょう。しかしながら、当社が不利益を被る事に対し、親族が荷担していたという事実を世間に公表し、会社として副社長夫人を相手取り、民事訴訟を起こしたとしたら……」
「高橋君」
先ほどから窓から射し込んでいる陽の光が、テーブルの上に置かれた硝子製の灰皿に乱反射して、社長の瞳に一筋の光明が射しているかの如く、映し出していた。
「臨時取締役会を招集し、会社として副社長夫人に対する民事訴訟を起こすという決議を採択して下さい。高値で買い取らされるしか方法はないとしたのなら、その損益を被った分は損害賠償として請求します」
その時点で、先方がどう出てくるかはわからないが、まず世間一般に夫の会社の株を買い占めて、親会社に高値で買い取らせるという事が公になった時点で、どうなるかは目に見えている。たとえ、高値で我が社に買い取らせたとしても、副社長は会社には居られなくなり退職に追い込まれる。この場合、退陣と言った方がピンと来るかもしれない。その取り巻きが臨時取締役会でどう出てくるかはわからないが、法の下、どちらに付いたら良いかは、後々の自分の立場を考えたら察しが付くだろう。
「会長に連絡を入れてある。まだ社内におられるという事だったので、もうすぐ来られると思う。早速、事情を説明して、明日の朝一番で臨時取締役会を……」
そこまで社長が言い掛けたところに、会長がノックと同時にドアを開けて姿を現した。
「明日の朝一番で、臨時取締役会なのかね?」
「会長。実は……」
「大まかな話は、秘書から聞いた。副社長夫人が乱心したのだろう?」
会長……。乱心という表現が、また会長らしい。社の不利益を被る事を、殊の外嫌う会長だという事を知っていた俺は、妙に乱心という言葉を敢えて使った会長の愛社精神に、今まで以上に感服していた。