「そうなんだぁ、残念」
口を尖らせたまま二人は交渉決裂とわかると、すぐに自分達の席に着いて話を始めた。
「全員揃ってますか?こっちの島は三年だったな……」
書類を小脇に抱えた教授が姿を見せ、ドアを閉めるとすぐさま何枚かのプリントを一番前の席に座っているゼミ生に、学年を確認しながら配り出した。
前の席から回ってきたプリントを仁の分も取って後ろに回し、机の上に置かれたプリントの内容を見ると、就職活動への準備と題された殆ど余白の用紙が目に入り、二枚目を捲ると、卒論のテーマと書かれた同じく殆ど余白の用紙だった。
こうやってみると、急かされている感じだな。この合宿で、嫌が追うでも決めなければならないらしい。
「この用紙を明日の朝までに記入し、明日は個人面談をそれぞれ5分間ずつ行うので、そのつもりで。四年生はそこに書いてあるとおり、就職活動の活動内容の現況報告と、まだ内定をもらっていない人は、今後の予定している訪問先企業名と対策を記入しておくように。それでは解散」
配り終えた教授は言うことだけ言うと、そのまま講義室を出て行ってしまった。
当然教授が退席したあとは、不平とも不満とも取れる声の嵐があちらこちらから聞こえてきたが、不平も不満もまだそこまでも到達していない俺は、天井の規則的な模様を見あげた後、ゆっくりと目を閉じた。
「ここで、書いていっちゃうだろ?」
目を開け仁の方を見ると、何やらすでに書き出している。
「あぁ、そうだな。部屋に持って行ったところで、やらない気がするし」
お互い苦笑いを浮かべながら俺も取り敢えずペンを持ち、学生番号と氏名だけは書いたが、一向にそれ以降は一文字も書けずにいる。
ペンを走らせるように仁が用紙に記入しているのを横目で見ていると、それに気づいたのか、仁がペンを用紙の上に放り出すように置くと、俺を見た。
「今のお前の気持ちを、正直に書けばいいんじゃないのか?」
「仁……」
俺の心の内を見透かすように仁はひと言そう言うと、再び持ったペンの後ろを顎に押しつけながら、また用紙に視線を戻し文言を考えている風だった。
今の俺の気持ち……か。
今更、急場凌ぎで書いたところで突っ込まれるだけだし、仁の言っているとおりかもしれない。教授には下手な小細工はせず、今の俺を見てもらうしかないな。
「行くか?」
「あぁ」
仁が書き終えるのを待って、席を立った。部屋に戻る途中、ふと先ほどの女の子との会話を思い出し、階段を上りながら仁にそれとなく尋ねた。
「さっき言ってた、帰りに寄るところって?」
「そんなこと言ったか? 俺」
やっぱり、はったりか。
「それより、風呂入ろうぜ」
「そうだな」
得意の仁の惚けに、お互い顔を見合わせ小さく笑う。
「日頃使ってない脳を、この二日間フル回転で使うんだぜ?帰りぐらいリラックスタイムを満喫しながら帰りたいジャン」
仁……。 Thank you!
俺にとも自分にともつくような言い方をしたその言葉の裏には、本当は暗中模索の俺を気遣った心配りの表れだというのがよくわかり、仁の背中を目で追いながら感謝の気持ちを心の中で呟くと、部屋に戻ってすぐに風呂へと向かった。