三音の社長の言葉が嬉しい。社長室に入った時には、見捨てられると思っていた。そしてそれは、私自身をも自分で自分を見捨てるところだった。
「あぁ、ちょっと」
マネージャーと共に、ソファーから立ち上がってドアの方へと向かう途中で三音の社長に呼び止められ、振り返ると社長自ら席を立ってこちらに向かって歩いてきて私の横に並ぶと、肩に左腕を回しながら小声で囁いた。
「君の可能性を見出して、メジャー・デビューさせようと最初に君を私に推したのは、ミサだったんだよ。今度会ったら、ミサにも礼を言いなさい」
「えっ?」
「さぁ、行った。期待しているよ」
ミサさんが私を? 何故? どうしてミサさんが、三音の社長に私を推してくれたの?あっ……。
ボイストレーニングのトレーナーにお詫びをして、もう一度、基礎から教えて貰えるようお願いした。せっかく教えてくれているのに、これまで譜面に集中することすら出来なかった自分が本当に申し訳なく思え、譜面に集中しながらトレーナーの言葉に耳を傾ける。今日のレッスン中、怒られることは一度もなく、何度も同じところを歌っても苦にもならなかった。デビューに向けてのレッスン。一日も早く、自分のものにしなくては。
今日、一日あったことを考えていた。もう一度、チャンスをくれた三音の社長に感謝しつつ、私を最初に社長に推したのが、ミサさんだったことに動揺を隠せない。何故? その二文字だけが浮かぶ。けれど、さっきボイストレーニングに行く時、ふと思い出したことがあった。貴博さんとミサさんとの間に交わされた約束とは、このことを意味しているのではないだろうかと。ミサさんは私を社長に推してくれて、メジャー・デビューすることがある程度予測できていた。そして自分の経験から、貴博さんに助言として私とのことはデビューすることが決まったら別れて欲しいとの約束を取り付けた。目に涙を滲ませながら、「貴博が、どんな思いで貴女に別れを告げたのか。貴女はわかっているの?それなのに貴女は……」と、言っていたミサさんは、自分が社長に推したのだから、最初から貴博さんと私がこうなることがわかっていたんだ。複雑な気持ちだな。ミサさんが社長に私を推してくれたのは、素直に嬉しく思う。けれど、貴博さんとのこともその結果、別れることになってしまった。その全て知っていたミサさん。今度、仕事で会ったらお礼を言わなきゃ。その時に聞いてみたい。何故、私を社長に推したのか。そして、何故、ミサさんは貴博さんと別れを選んだのかを……。