新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


そこまで言い掛けた私の頬を、もの凄い風を切る音と共に右耳がどうかなってしまったかと思うほどの大きな音が響いた途端、右頬にジーンと痛みを感じた。叩かれた衝撃と痛みから、声も出ずに右手で頬を押さえた。
「皆さん。悪いけど、少し席を外して下さる? マネージャーさん」
そこまで言ったミサさんの鋭い視線と頷きに、マネージャーも無言のまま部屋から出て行ってしまった。
「貴博に……。貴博に、そんなことを言ったの?」
「言いましたよ、一昨日。貴博さん。何も言ってませんでしたか?」
「……」
ミサさんの鋭い目が、私の視線を捉えて離さない。だが、よく見ると、その目は哀愁ともとれる哀しげで儚げに私の目には映っていた。
「貴女が、ちゃんとしたモデルとメジャー・デビューが出来る身辺を整えられるように、貴博は身を引いたのよ」
貴博さんが身を引いた? そんなの嘘だ。
「そんなの嘘です。嘘に決まってます。何でデビューと別れることと、関係があるんですか。そんなことで、貴博さんが簡単に別れるとか言い出す人とは思えません。そうやってミサさんは貴博さんと私を引き裂こうとして、私に諦めさせようとか思っているんですか。その手には、乗りませんから」
「本当よ。だって、私が貴博に助言したのだから」
「えっ?」
ミサさんが貴博さんに助言したって、どういうこと? それじゃ、貴博さんはミサさんの助言を聞いて私と別れたことになる。そんなのって……絶対、貴博さんに限ってそんなはずがない。
「貴女が思っているほど、この世界は甘くないの。私がこの世界に入って、それから暫くして貴博に出逢った。けれど貴博に逢う前には、本当にいろんなことがあったわ。口に出しては言えないようなこともね。貴博と付き合っている時だっていろいろあったけれど、言えないこともあったから、貴博には黙っていたこともかなりあった。私はこの世界である程度地位を築いてから貴博と出逢い、付き合ったわ。けれど貴女は、まだ入ったばかりなのにもう貴博と出逢ってしまった。彼氏が居ると、この世界はいいようで悪いの。辛い時は傍に居てくれるかもしれないけれど、居るが故に、辛くなることも沢山あったりもするから。彼氏が居るのに、関係各社の偉い人達とお付き合いで接待したりもしなければならなかったりするもするし、自分が嫌でも拒否出来ない場合だってあるのよ。仕事だと割り切っていたとしても、彼氏との間に歪みが出来ることも多いと思う。そんな思いを貴女にはさせないでと、貴博と約束したことがあったの。きっと貴女が仕事との狭間で苦しむ姿を、貴博も見たくなかったし、自分が居るために苦しんで欲しくなかったんだと思う。だから、貴女がメジャーになる前に、貴博は別れを選んだのよ。貴女のためにね」
「そんな……そんなの嘘です。第一、何でミサさんが、貴博さんと約束なんてするんですか?まるで私がメジャー・デビューすることがわかっていたみたいな言い方ですよね。そんな子供騙しみたい台詞が、通用するとでも思ってるんですか? 私、そこまで世間知らずじゃないですよ。