新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜

こんなデビューのために、貴博さんを失うぐらいだったらデビューなんて出来なくていいとさえ思えた。デビューなんてしなければ、また貴博さんが戻ってきてくれるような気がして……。その晩もビールを飲んでいたが途中でなくなってしまい、手つかずに置いてあった日本酒の封を切った。グラスの注ぎながら、この日本酒はあの日、貴博さんが飲むかもしれないと買ってあった日本酒だったことを思い出して、それを紛らわすように飲んではまたすぐグラスに注いでいた。クリスマス・イヴに用意したお酒を、まさか一人で飲むことになるとは、あの時は思いもしなかった。貴博さん……。
寝不足と二日酔いから倒れ込むようにして乗ったマネージャーの車は、無情にも良い気持ちで寝ていたところをすぐに起こされた感じだった。
「泉ちゃん。その顔、どうしたの?」
メイクさんが驚いた顔をして、頬を触った。
「昨日、飲み過ぎちゃって……。ごめんなさい。何とかなります?」
「うーん。難しいわね。ここまで肌も荒れちゃってるし、浮腫んでると。でも取り敢えず、冷たいタオルで冷やして、何とかするから」
マネージャーも平身低頭で、メイクさんに謝っている。あぁ、飲み過ぎた。日本酒は翌日に残るし、頭も痛い。最悪だ。
「プロ意識に欠けるわね。そんな顔で隣に立たれても、私だけが目立つんじゃない?」
二日酔いが、もっと酷くなりそうな気分の悪さだ。ミサさんの棘のある言動にも、今は気持ちが悪くて反論もする気力もなくどうでもいい。
「マネージャーさん。もう少し管理をきちんとして頂かないと、周りはとても迷惑よ。お酒臭い控え室なんて、前代未聞だわ。控え室が他にもあれば、即刻、移動したいモデルばかりよ」
「申し訳ございません」
何で謝るの? ミサさんに、どうして言いたい放題言わせるの? もう、本当に嫌だ。ミサさんのやりたい放題、言いたい放題には飽き飽きだ。
「マネージャー。謝ることなんてないわよ。嫌なら自分が出て行けばいいんだから。控え室が一つしかないんだから、こっちだって我が儘言われても困るわよ」
「泉ちゃん!」
「ミサさん。さぞ貴博さんと深夜のウォーキングに行かれて、健康な美肌を保てているでしょうね。貴博さんと一緒なら、バイオリズムもいいでしょうしね」
「ウォーキング?」
ミサさんは、この期に及んで惚けている。
「えぇ、そうですよ。貴博さんに電話したら、歩いてるって言っていたわ。ミサさんとウォーキングですか? と聞いたら、図星だったようで電話切られましたから。アッハッハ……。結局、貴博さんと別れられなかったんですね。貴博さんも、ミサさんと別れられなかった。でもそれって不倫で……」