「明日の準備と打ち合わせもあって、まだ作業が残ってるから。ごめんね。また今度」
まだ二日ある撮影の残りもあってか、仕事が残っている人や明日の撮影のことを思ってか、誰も誘いの乗ってくれない。
「泉ちゃん。帰るよ」
仕方なくマネージャーの車に乗って家に帰ったが、すぐに冷蔵庫を開けて缶ビールを開けながらソファーに勢いよく座った。何が、「仕事に私情を挟まないで頂戴」よ。自分が一番私情挟んでるじゃない。空いた缶を力任せに潰しながらゴミ箱に捨てると、シャワーを浴びてからもう一本缶ビールを空けた。今夜はいつもにも増して苛立ちと虚しさの波が、交互に押し寄せてくる。こんな時間に水分摂ったりしたら、明日の仕事に差し支えるだろう。最近は、朝のジョギングもやめてしまったし……。ふと思い立って缶ビールを片手に持ったまま、ずっと開けずにいた引き出しを開けると、一番手前に貴博さんから貰った手帖が目に飛び込んできた。クリスマス・イヴに、貴博さんから貰った手帖。あの日、貴博さんが帰ったあとに書いた文字。貴博さんの心が読めない私は不安定で……。
この後、何と書きたかったのだろう。あの時、不安定だった心は今、もっと不安定で自分をコントロール出来ない。恐らく、その時に一緒にしまったであろう手帖に挟んであったペンを持ち、クリスマス・イヴに書いた文字の後にペン先を押しつけた。
貴博さんに、逢いたい。
あれから三ヶ月が経とうとしている。それでもまだ、貴博さんが忘れられない。忘れるどころか、鮮明に思い出されるあの別れを告げられた日のことが。貴博さん……。開いた手帖のページに左頬を付けると、涙が右目から下へと流れてきて手帖を濡らす。貴博さんに、逢いたい。これが今の素直な気持ちなんだ。迷うことなく綴った文字は、クリスマス・イヴの時と同じで……。貴博さんに、逢いたい。貴博さんの、声が聞きたい。充電器にのせてあった携帯を掴み、まだ消すことすら出来ていないアドレス帳の貴博さんのところを開いて、お酒の勢いも手伝ってか、もう何本目かもわからくなっていた缶ビールを片手に、迷うことなく電話を掛けた。ワンコール、ツーコール……。なかなか出てくれない。貴博さん。もう寝ちゃったの?見ると、時計の針は一時を廻っている。するとその時、コール音が途切れた。
「もしもし」
あぁ、貴博さんの声。
「貴博さん……」


