何故、あの時、あんなことを言ってしまったのだろう。貴博さんを罵るようなことを……。あの日以来、日増しに増えていくお酒の量。眠れない日々が続き、お酒を飲むと寝られるようになり、何時しか飲まずには寝られなくなっていた。何度も貴博さんにメールや電話をしようとしたが、その最後のキーを押す勇気がなくて連絡出来ないでいる。貴博さんに酷いことを言った自分が大嫌いで、鏡を見るのも鬱陶しい。目を瞑れば蘇ってくる、貴博さんの冷酷な瞳。どうしてこうなってしまったのか、訳がわからないまま別れを告げられ、年明けから始まったボイストレーニングでも、トレーナーの先生からトレーニングに行く度に注意され、半分嫌気がさして投げやりになり、平気で遅刻して怒られても、怒られることにも慣れてしまっていた。そんな荒んだ生活と貴博さんのことを忘れられず、その苦しさと哀しみから逃れるために、仕事がある日は終わった後、必ず誰かを掴まえて毎晩のように飲みに行き、酔ってそのまま一人になりたくなくて、一緒に飲みに行ったモデル仲間やスタッフの家を泊まり歩くという、そんな生活が続いていた。
「泉ちゃん。今は大事な時期なんだから、少しお酒は控えて何事も節制して貰わないと困るな」
大事な時期? メジャー・デビューとか、もう正直どうでもよかった。
「今、いろいろ表沙汰になると困るから」
「はい」
取り敢えず、返事だけはしてしまう自分がまた虚しい。反抗する気力すらない。貴博さんがいない毎日なんて、もうどうでもいい。貴博さんが居てこその夢だったのだから……。
「泉ちゃん。今日から三日間、ミサさんと撮影一緒だから、ちゃんと頼むよ」
「ミサさん?」
ミサさん。この世界に入ったきっかけでもある、憧れの人。そして、私が一番苦しめられた人。貴博さんの後には、必ずミサさんの影が付きまとっていた。ミサさんがその昔、「貴博は、誰にも渡さないから」と、言った言葉の裏には、今の私を想像出来たからだ。貴博さんから、別れを告げられる私を……。
「ミサさん。おはようございます。今日は、うちの泉がお世話になります」
控え室に入って鏡の前に座っていると、後から来たミサさんに、マネージャーがミサさんに話しかけている声を聞いた途端、何かが音を立てて崩れた気がした。
「そう。こちらこそ、よろしく」
貴博って……私に対する当てつけ? 思わず勢いよく立ち上がって、後を振り返った。
「おはようございます」


