「仁。俺はもう、出来もしないまともな恋愛はしない」
「それは偶々、泉ちゃんが」
「いいんだ、もう。俺は」
「貴博……」
哀しい瞳。折れてしまいそうな心をさらけ出した彼女が言った、「貴博さんは、私の何を見ていたんですか!」と、言わせてしまった俺は、もういい……。
年が明け、年頭の辞が社長から訓辞され、新生三カ年計画が発表されて本格的な再建への道を歩み出した会社内では、水面下では再建改革推進派と反対派の派閥争いなどという、無駄な労力を使っている上層部も現れ、一回では答申が通らない会議ばかりで頭の痛い不穏材料となっていた。そして最も俺に降り掛かってきた予想外の展開は、第一公認会計士である高田氏が反対派に付いてしまったことだった。
「私の知り得ぬところで、また随分と派手な振る舞いをしてくれたようだが、第一公認会計士の威厳も何も、面子丸潰れにしてくれたのは意図的かね?」
「高田さん。私はそんなことは、考えたこともありません」
会社の再建を思ってのことなどと、そんな大それたことを言える立場ではない。
「監査法人担当の門倉先生にも、事後報告になってしまったではないか。そこら辺の事情をきちんと把握しているのか?」
そこら辺の事情? 門倉先生……か。門倉司。俺の父親でもある人物。高田さんはそのことは当然知らないし、言うつもりも毛頭ない。そこら辺の事情とは、恐らく高田さんの点数稼ぎだろう。この人は公認会計士としての任務を果たしていることは果たしているが、その野心は別のところにあって、もっと上の立場になることだけを考えている。そのセオリーの過程として、非常勤会計士を引き受けていると自ら俺に語っていた。
「そうやって、私の仕事ぶりは大したことないとでも社長に取り入ったのかね? そして私を陥れて、会社から追放しようなどという魂胆か? そんなことをしても無駄だよ。何のために、非常勤で居ると思っているんだね? 社内の金の動きを監査する立場にもあるんだ。君が不正でも働かないかを監視しているとでも言うのかな。まだ一年にも満たない社員が、偉そうな態度をするのは関心しない。まして、私を差し置いて経営に口を挟むなど、コンサルタント気取りも大概にした方がいい。明日の役員会には、私も出席する。副社長にはもう話してあるし、君の独断場にはさせないので、そのつもりでいたまえ」
副社長? そうか。反対派のトップは副社長だから、社長では二つ返事は貰えないと思い、高田さんは副社長に取り入って役員会に出席するのか。


