「フッ……。頼んだ覚えはないが」
取り敢えずビールで乾杯して、マスコミ界にも不況の風の煽りを受けていることを知り、何処も大なり小なりあるのだと経済産業の翳りを感じた。
「で? その顔じゃ、泉ちゃんに言ったのか?」
仁の鋭さには、相変わらず恐れ入る。何も伏線を張ったつもりもなかったが、悟られていたようだ。
「泉ちゃん。大丈夫か?」
彼女の狼狽ぶりを目の当たりにして、自分の放った言葉の重さをひしひしと感じていたが、掛けた言葉も月並みで、どうする事も出来なかった技量のなさに腹が立ってたのも事実。
「貴博を憎むだろうな」
「あぁ」
それでもいいと思えていた。キラキラと目を輝かせながら俺に報告してくれた夢への第一歩の話をしていた彼女の瞳は、その昔、恥ずかしそうに言った武道館でライヴをしたいと語っていたその時と同じ瞳をしていた。その輝いる瞳を、俺の存在が曇らせてはいけない。
「でもそれは、時が解決するさ。あの事は言ったのか?」
「いや」
ミサの話をしたところで、あの状態では恐らく火に油を注ぐだけだっただろう。彼女が、「結局、貴博さんは私を優しく抱きしめながら、その肩越しにまだミサさんとの未来を見ていたんですね」と、言ったあの言葉が全てだ。俺の後に、まだミサの面影は消えていなかった。
「お前らしいな。何時か泉ちゃんが知ったら、蟠りも消えるだろう。まぁ、飲もう。すいません、レモンサワー2つ」
「レモンサワー?」
「そう。これ業界では定番。二日酔いにもあまりならず、悪酔いしないから」
仁の奴、もうすっかり業界人だな。俺も頑張らないといけない。来年は経営再建の年となるのだから……。
「でも良いタイミングだったかもしれない。来年になってからじゃ、どんどんプレゼンの準備やトレーニングもあるし、スケジュール的にも掴まえづらくなっていくだろうし、それに……」
言葉を切った仁のその先の内容は、俺が一番気にしていたことだろう。
「マスコミにリークされてからでは遅いし、彼女のためには一番ベストなタイミングだった。貴博にとってもな」
俺にとっても?
「仁?」
「この世界ってさ、本当に何が正しくて何がいけないのかとか麻痺してしまうってその昔、先輩に聞いたことがあったが、その意味が飛び込んでみてよくわかった。いろんなことが罷り通る世界だし、そこまでして? と思えることも多々ある。それが正しいのか、間違っているのかは俺にはわからない。本人次第でどうにでも転がっていくし、事務所の意向と所属タレントの仕事に賭ける情熱の証だとしたら、それは誰も卑下することは出来ないと俺は思う。泉ちゃんは女の子だから、その辺のこともこれから絡んでくるかもしれない。貴博。そういう世界なんだ」
仁の言わんとすることが何となくわかり、天井を見上げた。
「もしその時、貴博が傍にいたら、その狭間で彼女が苦しむだけだ」
ミサと交わした約束を思い出していた。ミサが俺に言いたかったことが、今にしてわかった。ミサは……。


