新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜

あっ……。だから貴博さんは、「今の話は、聞かなかったことにする」と? だとしたら、やはり知っていた? けれど貴博さんにだけは知っていて欲しかったし、貴博さんが他言するような人ではないことも知っていたからこそ話したかったし、話したのだ。貴博さんが今日、ここに来たのは何のため?何で貴博さんが逢いに来てくれたのに、自分の話ばかり先にしてしまったのだろう。でも貴博さんが開口一番、「一昨日、書いてあった話って?」と、聞かれてしまったから答えざるを得なかった。貴博さん……。「君の言うとおりだ。これは、俺の我が儘だから。今まで、ありがとう」だなんて、何で? 何でなの? あれだけ罵ったのに。貴博さん。私は、これからどうすれば……。

—まだ仕事中か? マスコミ系は、一番今が忙しいんだろうな。こっちは28で仕事終わって、正月気分だ。 貴博—
真っ直ぐ駅まで向かう気分になれず、仁に意味のないメールを打って煙草に火を付けながら公園の横を通るとブランコが目に入り、つい最近、彼女と乗ったことが思い出され、無意識に口元が緩んでいた。何かを得るためには、何かを犠牲にしなければいけない。突然、俺に言われた彼女の哀しい表情とともに潤んだ瞳から視線を逸らすことが出来なかった。得るものも多いが、彼女の未来は失う物も多いはずだ。俺のことも、その忙しさと目まぐるしい世界故に、それが功を奏して忘れ去られるだろう。言いたい事も言えない世界。普通という二文字が縁遠くなる世界……か。仁の奴、言い得て妙な言い方をしたものだ。ミサを昔見ていて、薄々わかってはいた。けれどその世界は異質で、俺には関係ないとも。その異質を普通と思えるようにならなければいけない彼女は、もうその一歩を踏み出している……。ん? 携帯がポケットで震えだし、取り出すと画面には、仁の着信を知らせていた。
「もしもし」
「年末年始という言葉は、すでに死語となっているぞ、俺には。今、何処だ?出先か?」
「あぁ。せいぜい身体壊すなよな、仁」
「それじゃ、いつもの居酒屋で待ってる」
「ハッ?お前、仕事は?」
「今日だけ休み。それじゃ」
一方的に切られた電話に呆気にとられながら、駅と反対方向に歩いていたので、駅に向かうため踵を返した。
「ヨッ!」
「何だよ。今日は休みか」
先に来ていた仁は、すでにジョッキの生ビールを飲んでいた。
「貴重な休みを一緒に過ごせて、有り難く思えよな」