新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


夢を叶えた二人の未来を……見ていた。けれど貴博さんのその未来には……。この現状と何も見たくない思いで、両手で顔を覆った。冷たくなった手が涙とともに紅潮した頬をひんやりと感じさせ、泣いていることで引きつったように両肩が震えてる。そんな私を見ても、貴博さんはひと言も発せず身じろぎもしなかったが、私の言葉が途絶えるとソファーの軋む音とともに席を立った。立ち上がった貴博さんを見上げると、今まで見たこともない冷酷な視線が私に向けられていた。
「今の話は、聞かなかったことにする。お邪魔した」
貴博さん?
「貴博さん! 待って下さい。何とか言ったらどうなんですか? 何故、何も言ってくれないんです? 逃げるんですか」
玄関脇に掛かっていた靴ベラを使って靴を履いた貴博さんが、背中を向けたまま靴ベラを元の位置に戻すと背筋を正し、こちらを向いた。
「君の言うとおりだ。これは、俺の我が儘だから。今まで、ありがとう」
貴博さん……。
立ち上がった途端、貴博さんはドアを開けて出て行ってしまった。
「貴博さん!」
慌ててドアを開けたが、そこにはもう貴博さんの姿はなく、貴博さんの香りだけが仄かに漂っていた。力なくドアを閉め、無意識に今まで貴博さんが座っていた席に腰掛けた。
「貴博さん……」
まるで夢を見ているようだ。何が起こったのか、起こってしまったのか理解出来ない。ひと口だけ、口を付けた貴博さんが飲んでいたコーヒーカップが涙で歪む。何故、貴博さんは別れを告げに来たの?私が何をしたの? 何をしてしまったの? デビューの話をした途端、貴博さんに別れを告げられた。貴博さんが今日部屋に来たのは、その別れを告げるため? 私のデビューを知っていた? そんなことがあり得るだろうか? まだ極秘に進められていたことで、本来ならば貴博さんにも話してはいけないことだった。