「自分の夢や目標を達成させるためには幾度となく、苦しみも、悲しみも味わう。その覚悟をきちんと持って欲しい。何かを得るためには、何かを犠牲にしなければいけないということも……」
そこまで言葉を続けてきた貴博さんが、少し大きく息を吸い込んだのが見て取れた。
「もう、二人だけで逢うのはやめよう」
「貴博……さん? 逢うのはやめよう……って、貴博さん。どういうことですか? もう逢えないってことですか? 貴博さんと、何でもう逢えなくなるんですか? 全然、理解出来ません。私がデビューすることと、貴博さんと私がこうして逢うことと、どういう関係があるっていうんですか! 仕事は仕事。プライベートはプライベートで、貴博さんだってミサさんと付き合っていた時だって、別に何も支障はなかったじゃないですか。それなのに……それなのに何故、私にはこんなこと言い出すんですか?それは、私じゃミサさんの代わりにはなれないってことですか。貴博さん。貴博さんにとって、私は何だったんですか」
何だったと言ってしまったことが悔やまれた。過去形で言いたくはない。まだ貴博さんとの未来を想像していたい。貴博さんと肩を並べて……。
「別れよう」
貴博さん……。
「別れようって……貴博さんと私は、付き合っていたんですか?彼氏とか、貴博さんは私の彼氏とか思っていたんですか?」
止まらない。言い出したら、止まらなくなってしまった。心にもないことまで、言い出してしまっている。けれど、もう貴博さんの気持ちが決まってしまっていることを悟っていた。貴博さんは、私に別れを告げに来た。そのために、年内にもう一度逢いたいと……。
「キスしか交わしたことのない関係で、よく今時の彼氏と彼女だと思えてましたね。国宝級の考えですよ。ハハッ……。貴博さんは、純情な中学生並みの恋愛しかしたことないんですか?」
ミサさんという、大きな存在の恐怖と陰に怯えていた日々。それでも貴博さんを信じて今日まで来た。貴博さんが居たからこそ、何でも頑張れて、何でも暖色系に見えた毎日。ミサさんと同じ仕事を選んだ自分が浅はかだったと思え、ミサさんの隣に肩を並べ、頬を寄せて微笑む自分の滑稽さにこの上ない屈辱と辛さを味わったあの日。けれど、貴博さんの言葉と優しさと温もりが私を励まし、奮い立たせてくれた。夢に向かって貴博さんに逢えない日が続いても、それでもあの沖縄の海で交わしたキスを思い出して、出逢った頃の初心を忘れず、欲を出してはいけないと自分を戒めて今日まで来た結果、夢を現実のものに出来そうになって掴みかけた途端、貴博さんから別れを切り出されるなんて、そんなのって……。