休日の貴博さんの私服を、久しぶりに見た気がする。とはいえ、貴博さんの私服もスーツ姿もどちらも似合っていて好きなことには変わらない。今日の貴博さんの私服も素敵だな。黒のタートルに、それに敢えて合わせた黒のリブ編みセーター。グレンチェックのパンツに何気なく合わせている黒のスウェードのストレートチップ・デザインの靴。貴博さんが着ると、どうしてこうも素敵に見えるんだろう。これは、絶対私だけではないと思う。だからこそ、貴博さんはモテるんだけれど……。キッチンでコーヒーを入れながら、そんな貴博さんが部屋に来てくれて、私と一緒にお茶を飲んでくれることに嬉しさと、みんなに自慢したいと思ってしまう傲慢な自分の暴走ぶりに自制心を働かせようと極力努め、カップの載ったトレーを持って振り返る前に大きく深呼吸した。
「コーヒーで、良かったですか?」
「ありがとう」
窓から外を眺めている貴博さんの後ろ姿に向かって話し掛けると、貴博さんは振り向きざまそう言ってカップの置かれたソファーに座ったので、私もテーブルを挟んで前に座った。
「一昨日、書いてあった話って?」
メールに、チラッと書いた内容を覚えてくれている。そのことを、貴博さんが先に聞いてくれたことが嬉しかった。
「あの、実は……25日に事務所の人から言われて、今度モデルとしてだけではなく、歌手としても売り出して貰えることになったんです」
「それは凄いな。おめでとう」
「ありがとうございます。何か、新年号の表紙を事務所の上の三音の社長さんの目に運良く止まったみたいで、それでプロフィール等の問い合わせが事務所に入って音楽を目指していると最初に書いた内容を見て下さって、それでお話を頂いたそうなんです。私が高校時代にバンドを組んでいたことまで調べられていて、驚きました。だから年明け早々からボイストレーニングを開始して、モデルの仕事も勿論まだ続けていくんですけど、来年の春頃から本格的なデビューに向けて動き出すみたいで、秋にタイアップのCDが出るかもしれないとか……。もう夢みたいな話で、自分のことじゃないみたいです」
「……」
貴博さんがコーヒーカップに口を付けたタイミングで私の話が終わってしまったためか、少しだけ部屋の中の空気が沈黙し、貴博さんがカップを置く音がやけに大きく聞こえた。
「君の夢に、一歩近づけたね。おめでとう」
「貴博さん……。ありがとうございます」
何故だろう。貴博さんがもっと喜んでくれると思ったなどと、今、思ってしまっている。真っ直ぐに私の目を見ながら話を聞いてくれている貴博さんの瞳に、遮がかかっているように見える。私の話に喜んでくれたのは事実だけれど、何かが違う気がする。その何かを確かめたい衝動に駆られた。
「貴博さんは、私のこの話を……」
「これからが大変だな」
エッ……。
「これからが本当に大変だと思う。君も勿論のこと、周りのスタッフも全力で君のデビューを支えていくわけだから。並大抵の覚悟では無理だと思うし、綺麗事ばかりも言ってはいられない。君一人が投げ出してしまえば、何百人、否、何千人規模になのかもしれないその人達すべてがこのプロジェクトの失敗に苦杯を嘗める。その人達のためにも責任は重いし、軽はずみな行動は出来ないし、してはいけないと思う」
貴博さん?