新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「どうかしたのか?」
敢えて問い返す俺もどうかと思う。その時は、早く訪れてしまったからだろうか。仁自身も気づいているかもしれない。今から言う言葉の先を俺が読んでいることを……。
「貴博。泉ちゃんのメジャーデビューが近い。ミサさんと雑誌の表紙を飾ったことで、目に止まったらしい。今の事務所は三音の傘下だから、三音が動いたみたいだな。」
三音ということは……。
「そうしたら、来年の春ぐらいからか」
「そうだな」
来年の春、あと三ヶ月。誰も居ない事務所の窓側に目を向けると、地平線に沈みかけている太陽が15階の窓から立ち並ぶビルに反射して壁面を茜色に染めているのが見えた。
「わかった。知らせてくれて、Thank you」
「貴博……」
「わかってる」
「そうか。それじゃ」
仁との電話を切ったあと、携帯を持ったまま立ち上がって窓側に向かった。先ほどよりも更に陽は傾き、昼の世界から夜の世界へと空色を変えようとしている。自然の摂理でもある空の色と陽の光によって左右される、変化に富んだ一日。陽の光を浴びようとしているところに、雨を降らせてはいけない。恵みの雨ならば良いが、逆に足下をすくってしまっては何もならない。不意に中学受験に失敗した俺が、中学の時と同じ付属の高校を再度チャレンジしようとした受験当日、まだ中学三年の俺に言ったお袋の言葉はとても厳しく感じられて、何も受験当日にプレッシャーを掛けるようなことを言わなくてもいいだろうと、怒りと呆れた思いのまま家を出て受験会場に向かった日のお袋の言葉が蘇ってきた。
「行ってきなさい。貴方が決めた道を切り開く、一歩なのだから」
普通なら、行ってらっしゃい。頑張って……など、定番の激励の言葉の掛けるのに、お袋が、「行ってきなさい」と言ったのは、自分の人生を切り開くのは自分自身だけだということを俺に言いたかったのだ。自分の歩む道は、自分で踏み出せと……。あの時、中学三年の俺にはわからなかったが、今ならわかる。自分の決めた道を、自分で切り開かずに誰がするということ。お袋は俺をまだ中学三年とは思わず、一人の人として接してくれていたのだ。年末……年明け……早い方がいいな。