「それじゃ、また」
「あの……そこまで送って行きます」
貴博さんの後に続き、サンダルを履こうとしたが制止されてしまった。
「さっきの話だと、明日は仕事みたいだから早く寝た方がいい。片付けも手伝わないで、悪いんだけど」
さっきから何か言っても、行動に移そうとしても、貴博さんに拒まれてしまう。何だか寂しいような、虚しいような……。
「おやすみ」
あっ……。
靴を履いて振り返った貴博さんが、私を引き寄せ抱きしめている。咄嗟のことで目の前が真っ暗になったが、それが抱きしめられているという状況を判断するのに、そう時間は掛からなかった。心が落ち着く、この香り……。貴博さんを感じられる、この香りが大好きなの。
「楽しかった。明日から、また仕事も充実するといいな」
「はい」
貴博さんの身体が離れ、ドアを開けて出て行ってしまうと、その温もりとともに香りも薄れて貴博さんの座っていた席をぼんやり見つめながら、片付けを始めた。貴博さんと幸せで素敵なひとときを過ごせたのに、何故か涙が溢れている。自分でもわからないこの感情は、何なんだろう。貴博さんに、このクリスマス・イヴに何を求めていたのだろう。こんなに素敵なプレゼントとかけがえのない時間と空間を共有出来たのに。それなのに、何故……。洗い物をしながらずっと考えていたが、胸の奥に詰まった感情をどう表現してよいのかわからない。貴博さんが好きな気持ち。それは前から変わっていない。貴博さんが、私を思ってくれているのかどうか? まだハッキリと好きだとか、付き合おうとか言われたことはない。メイクさんの言う通り、確証が欲しい? 確証なら……あれだけの思いを込めて、貴博さんがプレゼントしてくれた手帖。キッチンから出て、テーブルを拭きながら手帖に目をやると、さっきの貴博さんの言葉のひとつ、ひとつが蘇ってきて胸がいっぱいになり、またしても涙が零れた。好きなのに……何故? 心がざわついて、落ち着かない。貴博さんに抱きしめられた時は、あれほど落ち着いていたのに……。片付けを終えて、すぐに手帖を開いた。今日の思いを書き留めておこう。貴博さんへの思いを。
12月24日 金曜日 クリスマス・イヴを貴博さんと共に過ごす。貴博さんから貰ったこの手帖に初めて記す。貴博さんの心が読めない私は不安定で……。


