「私に……ですか?」
すると貴博さんは、黙って頷いた。その表情はとても真剣で、プレゼントを渡す時の独特の相手の喜ぶ表情を期待している高揚感に溢れた雰囲気とは少し違って見えた。
「開けてみて」
言われるままリボンを解き、包装紙のシールを剥がすと革の良い香りがして、中から革張りのA5サイズの手帖だった。
「これは……」
手帖の開き部分にベルトが付いていたが、システム手帖とは少し違っていた。つや消しタイプのダークブラウンの革張りの手帖カバーが、部屋中にその芳香を漂わせている。
「日付などは自分で記入出来るタイプなんだが、思いついた時だけでもその時の自分を書き留めておくのもいいかと思って」
その時の自分?
「日記とか俺は付ける人間ではないんだけど、社会に出てみて改めて厳しさも辛さ、それと同時に仕事の楽しさも少しだけ知ることが出来たんだ。自分の未来がどうなるかなどは誰にもわからない。けれどその辛さも厳しさも、そして楽しさも、自分が生きていく上では必要不可欠なことで、決して無駄な時間などはあるはずもないとはわかっていても、それでも人間だから感情がある。コンピューターではないのだから。これから先の君の人生も無論、努力して頑張るだろうけれど、それでも辛いことや悲しいこと、いろんなことが待ち受けていると思う。楽しいことばかりじゃない、苦しいことも多いだろう。でも夢を諦めずに乗り越えて欲しいと、俺は願っているから。その辛さや苦しみを、このページに吐き出して欲しい。楽しいことも勿論のこと。」
貴博さん……。
「そのページがどれぐらいになるかわからなかったから、でもどのページも君の片鱗を示す大切な1ページ。だから敢えてシステム手帖にはしなかった。レフィルを増やしていくと、前から使っていたページが外れてなくなってしまっては困るから。中を換えることはいくらでも出来るので、大切な1ページがバラバラにならずに一冊として残るしね」
そこまで貴博さんが、私のことを思って考えてくれたなんて……。この手帖に込められた思いを思うと、自然にギュッと手帖を胸に抱きしめていた。
「ありがとうございます。大切に使います。貴博さん……」


