「ここ?」
黙って頷くと、貴博さんは今まで遠くを見ていた瞳で私の顔を見た。その目に、先ほどまでの儚さは瞳のどこを見ても見当たらない。
「あっ、あの良かったらお茶でも……」
「いや、ありがとう。でも今日は遠慮しておく。それじゃ」
「あの……」
「ん?」
来た道を帰ろうと踵を返した貴博さんが、もう一度こちらを振り返った。
貴博さん……。
夜なのに眩しいな。貴博さんのその穏やかな表情を見ると凝視出来ない。恥ずかしくて。
「貴博さん。今、好きな人は、いらっしゃいますか?」
「えっ?」
うわっ。
私ったら、いきなり何言い出してるんだろう。貴博さんも、突然の私の質問に少し驚いた顔をしている。
「嫌だ。私ったら、いきなり何言ってるんだろう……。ご、ごめんなさい。気にしないで下さい。何だか酔っちゃったみたいです」
「……」
でも今、このチャンスを逃したら、ずっとこの先言えないし聞けないのかもしれない。
そんな心の叫びが喉元まで出かかって、理性と戦っている。だけど……。
「貴博さん」
貴博さんは黙ったまま、私をジッと見ている。 
「私……。私、わかっています。わかっているんですけど、それでもいいんです」
「何? 何の話?」
「貴博さんが……。まだミサさんのこと忘れられないことぐらい、私にもわかっています」
そう言った途端、貴博さんの目つきが若干鋭くなった気がした。だけど、もう止めることは出来ない。 
今、言わなきゃ、一生後悔するかもしれないもの。
「だけど……だけど私、それでもいいんです。貴博さんが違う人を……。今でもミサさんの面影を、たとえ追っていたとしても。目の前に居る私のことを見てくれていないとしても、それでも構いません。ずっと、ずっと貴博さんが好きだったんです。ただ傍に……。隣に居させてもらえたら、それでいいんです。それだけで私は……ングッングッ……」
話の途中なのに、貴博さんの左手で口を塞がれた。
「それ以上、馬鹿なこと言うな。自分をそんな安売りするんじゃない」
貴博さん。
「馬鹿なことなんて……。馬鹿なことなんかじゃないです。私は本気で貴博さんの……」
「酔ってるな。早く寝た方がいい」
貴博さんはポケットからたばこを出して、右手で風を遮るように、ライターの炎を覆いながらたばこに火を付けた。
「酔ってなんかいません。貴博さん、待って貴博さん……」
するとたばこを咥えたまま、煙たそうな顔をしながら貴博さんが私の瞳を捉えた。
「俺は、君が思ってるほど万能な男じゃない」
エッ……。