新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


すると、貴博さんが親指を立ててキュッと口角を上げながら微笑んだ。
「手を洗いたいんだけど」
「あっ、こちらです」
洗面所に案内しようと貴博さんの前を歩いていると、後から貴博さんが指先で髪の毛をクシャッとしながら頭を撫でてくれた。その何気ない動作にも、前を向いたままドキドキしてしまう。手を洗ってきた貴博さんがキッチンに姿を現すと、何故か冷蔵庫を直視し、その後こちらを向いた。
「冷蔵庫……開けてもいい?」
「えっ? あっ……はい」
すると貴博さんが冷蔵庫の野菜室を開け、何かを手に取ったのがわかった。
「水菜、あるジャン。レモンもあるし、完璧」
サラダの混ぜようと買ってきた水菜だったが半分は余ってしまったので、そのまま野菜室にしまっておいたんだけど、水菜を何に使うんだろう? レモンは付け合わせに切ってのせようとしていたもの。貴博さんは野菜室から取り出した水菜とレモンを左手に持ちながら、今度は冷蔵室を開けて中を見回し、パッと鶏肉を見つけて取り出すとドアを閉めた。こんな事だったら冷蔵庫の中もちゃんと掃除しておけば良かった……。
「お酒ある?」
エッ……。
貴博さん。もう呑んじゃうの?
「あの……ビールがいいですか? あっ、ワインの方が……それともシャンパン開けます?」
「フッ……。まだ呑まないよ、俺は。そうじゃなくて、料理に使うお酒。日本酒でもいいけど」
「あっ! すみません。私、てっきり……。あります、あります。料理酒でいいですか?」
「うん。それとフォークとしょう油も。あと、オリーブオイルあるかな?」
「はい。今」
バタバタと舞い上がりながら用意している私の傍らで、貴博さんが手際よくまな板で、水菜を切って出しっぱなしになっていたボールに入れると、今度は鶏肉2枚をまな板の上に広げ、用意したフォークで何カ所か皮の上から穴を開けた。
「この耐熱トレー、使っていい?」
「はい」
貴博さんは、洗って伏せてあった失敗してしまったチキンがのっていたトレーに鶏肉をのせると、塩、胡椒をふって私に手渡した。
「お酒を入れてラップして、電子レンジで5分位温めてくれるかな」
「はい。あの、お酒はどのぐらい入れれば……」
「あぁ、雰囲気で」
雰囲気って、貴博さん……。
「そうだな、大さじ2杯ぐらいで」