新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜


「……」
貴博さんが、何も言ってくれない。きっと呆れているのだろうな。ただオーブンに入れて焼くだけのようなもので中身の具を入れたまでは良かったが、その過程で外側が破れてしまって具が全部外に出てしまい、挙げ句、オーブンの温度が高すぎてチキンの表面が黒く焦げて見るも無惨で、とても食べられたものじゃなかった。
「あっ、こっちに掛けます」
バッグを床に置いた貴博さんが、コートとスーツのジャケットを脱いでソファーの背もたれに掛けようとしたので、それを素早く受け取ってハンガーに掛けに行って戻ってくると、貴博さんがワイシャツの袖をまくっていた。謝らなきゃ……。
「ごめんなさい。なので、まだ出来ていないんです。貴博さん。本当にごめんなさい。私、何も出来なくて……」
せっかく貴博さんとクリスマス・イヴを二人で過ごせるのに、最初からこんな調子で呆れられている。ずっとこれから先、時が経っても今日のことは、苦い想い出として残ってしまう。
「クリスマスは、たとえ一人で過ごすことはあっても、クリスマスは、一人でするものじゃない。もし誰かと共に過ごすのであれば、一緒に過ごすわけだから、料理だって一緒に作れる空間や時間があるのであれば、楽しみながら一緒に作りたい。俺はそう思っているから」
貴博さん。今の私にとって貴博さんの言葉は、何よりのクリスマス・プレゼントのような気がした。貴博さんの言葉に一喜一憂するのは前からだが、このクリスマス・イヴに貴博さんと一緒に過ごせる私はやはり幸せだ。
「おいで」
言われるまま貴博さんの前に立つと、貴博さんがポケットからハンカチを出して涙を拭ってくれた。
「貴博さん」
「はい。何でしょう?」
エッ……。
閉じていた目を開けると、貴博さんが悪戯っぽく笑っていた。
「俺、名前呼ばれると、条件反射でお返事しちゃうよ?」
「貴博さん……」
「だぁかぁらぁ、何? また泣いて……。今度、涙落としたら、鼻囓っちゃうよ? お腹空いてるし、ちょうどいいや」
ちょうどいいって……。
「鶏肉、まだ余ってる?」
「えっ?あの、胸肉なら2枚ありますけど」