電車はちょうどラッシュの時間帯で、車内では会話も出来ず、そのまま電車に揺られながら最寄り駅にようやく着いた感じだった。
途中、何度も送ってくれなくていいと貴博さんの最寄り駅がどこなのか訪ねたが、その都度スルーされてしまい、結局、私の降りる駅で貴博さんも降り改札口へと向かっている。
「あの……。本当にもう、ここで大丈夫ですから」
「いいよ。ここまで来たら一緒だから、家まで送っていく」
「……」
駅からの帰り道、いつもなら仕事の疲れもあって遠く感じてなかなか家にたどり着けない道のりが、今日はまるで車で帰ってきてしまったみたいに途中、早く感じられてならない。
何だか信じられないな。貴博さんが隣を歩いていて私を家まで送ってくれるなんて。
「君の夢は、何?」
エッ……。
「この世界に入ったのは、モデルになりたかったから?」
私の夢? 私の夢は……。
「笑われそうなんで、絶対言えないですよ」
「笑う? 何で? 人の夢を笑えるほどの人間じゃないよ。俺は」貴博さん。そんな真顔で言われたら私、答えなきゃいけないみたいじゃない。

「私の夢は……。ミュージシャンになることなんです。いつか、武道館のステージに立ちたいんです。無理かもしれませんけど」
「無理? 夢は叶えるためにあるんじゃない。希望を捨てないためにあるんだよ」
希望を捨てないため?
貴博さん、どういう意味なの?
「希望を持って臨めば、夢を捨てずに持っていれば、叶うことだってある。叶わないのは自分の努力次第なのに、その努力を怠ったが故の結果なんじゃないのかな」
「貴博さん……」
「なぁーんて、偉そうなこと言えた義理じゃないな。俺なんて将来の夢さえもまだ模索中だったりするんだから」
貴博さんが、将来の夢さえもまだ模索中?
ちゃんと将来設計というか、目的を持って常に行動している人だと。その延長線上にモデルのバイトもあって……。
「貴博さんに限って、そんなこと信じられないです」
でも信じられなかった中にも、何故か親しみを覚えていた。
貴博さんでも、すべてに完璧な人ではないということ。私に相通じることも少しはあるという、思いもよらない新たな発見だった。
「俺は、そんな偉そうなことを言える男でもないよ」
貴博さん。そんな哀しそうな瞳で、お願いだから遠くを見ないで。
「あっ、すみません。こ、ここです」
見慣れた建物の前を、危うく通り過ぎるところだった。