いつもよりずっと圧の強い彼の言葉に逆らうことなど出来ず、申し訳ない気分になりながらも会社まで送ってもらった。
彼の住むビルから私の勤める会社までは車だとあっという間で、本当に便利なところに住んでるものだ。
前に受けた同居のお誘いに思わず心が揺れてしまいそうになるほどに。
「送ってくれて、ありがとう。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。帰りも迎えに来るからね~」
「ええ? 大丈夫だよ!?」
「だーめ。大人しく送り迎えされて下さいっ」
「……分かった。ありがとう」
「うん。分かればよろしい」
にっこり笑う彼に朝からくらくらしつつ、シートベルトを外す。
カエデくんが「あ、忘れ物っ」と言うので、私は「え?」と、ドアを開ける手を止めて彼を見る。
その瞬間、唇に口づけられた。
「!?」
「今日一日頑張れるおまじない。行ってらっしゃい!」
「……もうっ」
前回と全く同じ手にかかってしまって、悔しさも込めてカエデくんをジロリと睨んだ。
しかも今回は唇に……。
まったくもって油断ならない子だ。
相変わらずふわふわ笑って手を振る彼に半ばため息をつきながら、もう一度「行ってきます」と言って車を降りる。
どうしてあんなに気軽にキスしてくるのか……。
ここは日本で、挨拶にキスをする文化じゃないんだからね?
そんな風に思いながらも、なぜだか足どりが軽い気がするのは、決してあの〝おまじない〟のせいなんかじゃない、絶対に――。



