隠れ御曹司の愛に絡めとられて


彼は私を抱き締めるようにしながらそんな優しい言葉を口にするから悪い。

彼はなに一つ分かっていない、この状況がますます私の苦しさを悪化させていることを。

このままの状態でいる限り私はこの胸の苦しさから絶対に抜け出せない。


二駅分我慢すれば、目的の駅に着く。

二駅……たったそれだけの時間なのに、まるで途方もなく長く感じる――。



「大丈夫?」と、電車の中でもさんざん聞かれたけど、電車を降りて改札を出てやっと普通の呼吸を取り戻すことが出来て、私はようやく「大丈夫」と答えることが出来るようになった。

死ぬかと思った……、ドキドキしすぎて……。

思春期でもあるまいし、異性と密着したぐらいでドキドキするとか、バカみたいだ。

けれどそんなバカみたいな事が自分の身に起こっている、認めたくはないけれど。


「少し座って休憩する?」

「ううん、大丈夫……」


そもそもキミと密着さえしなければ、大丈夫だったんだ。

心の中でそうつぶやいて、先に歩き出す。

……と、一歩足を踏み出したところで彼に手を引っ張られて歩みを止められた。


「亜矢さんっ、そっちじゃないよ~」

「……あ」


どうやら向かう方向が違ったらしい。

あれ? そうだったかな?


また彼に右手を絡め取られてしまい、「手、放して」と言っても「迷子になるから絶対ダメ~」と却下され、結局手を繋いだまま彼の家へ……。

なぜこうなるのか……。

もちろん私が方向音痴だから悪いんだけど……。