隠れ御曹司の愛に絡めとられて


「亜矢さん、お疲れ様~っ」

「ごめん、さっきメッセージ見て……っ」

「うん大丈夫だよー。仕事、もういいの?」

「大丈夫、全部終わった」

「そっか。じゃ、帰ろ?」

「……」


はい、と差し出される手をじっと見つめる私。

これは、手を繋ぐ、と言う意味か……?


「迷子になったら困るでしょ?」


もうかれこれ何年も通勤してるんだから、さすがに駅までの短い道のりで迷子になったりしない。

にっこり笑顔で差し出されたままの彼の手を、私は「繋ぐわけないでしょ」と、軽くペシリと叩いた。

それにここは会社の前だから、うちの会社の社員がぞろぞろ歩いてる。

そんな中でつき合ってもいない男と手なんか繋ぐわけないじゃん。


そのままスタスタと一人駅の方へ歩き出した私を、「亜矢さん待って~」と彼が追いかけてくる。

なんだか本当に犬みたい。

構わずに歩き続けると、すぐに追いついた彼に右手をさらわれた。


「ちょっ、とっ」

「僕が迷子になるから手繋いでて!」

「……はぁ?」

「ふふ。冗談」

「……子供みたい」

「あはは」


子供にしては大きすぎるけどね。

呆れて、既にしっかりと彼の手に繋がれてしまっている私の右手の奪還は諦めた。

彼の温かい手に包まれているとなんだか安心するのは、迷子にならなくて済むからなのかもしれない。

……そう思うことにしておこう。

会社の人にこの状態を見られるのはちょっと恥ずかしいけども……。