次の日はだるいと思いながらも流石に2日はサボれないので、大学へ行き、特に課題と発表以外のことを何もやらず、1週間が経ったある日。


……雨、だ。はぁ、全くどうして雨の日っていうのは、やる気が損なわれるのだろうか。
試験勉強しようと思ったが、集中出来ないので、入れておいた折りたたみ傘を開き、ぶらぶら歩くことにした。



…あ。いつの間にかここまで来てたのか。
目の前には『喫茶マーガレット』の文字。
まあ、今日彼女がいるかなんて分からないし、俺はただ、マスターのシフォンケーキを食いに来ただけだ。そう、それだけだ。


カランカランと、先週と同じように店の古めかしいドアノブを回し、店内へ入る。

すると、「あっ!星山さん!!!」と聞き覚えのある声がする。…ま、まさか。


「さ、西条さん…。こんにちは。」

「あっこんにちは、いらっしゃいませ!!」

っ…。頼む、頼むからそんな笑顔で俺に話しかけないでくれ。

見惚れてしまうほどの綺麗な笑顔で俺を席まで案内する。


「今日は少し混んでますけど、ゆっくりしていってくださいねっ」

「は、はい。分かりました。あの、」

何を言おうとしたのかは自分でも分からないが、口が勝手に話を続けようとしたタイミングで、別の客が「おーい、美波ちゃ〜ん!」と、彼女の名前を呼んだ。

「はーい!すみません、あとで、注文を承りますね!」


彼女は慌ててその客の元へ向かっていく。

俺はその姿を目で追いながら、また知らない感情が熱湯のようにふつふつと湧き上がる。


…なんで、彼女を名前呼びしてるんだ。なんでそれに対して嫌がらないんだ。なんでそんなに馴れ馴れしいんだ。なんでそんなに眩しい笑顔なんだ。なんで。なんで。なんで。


ハッとして頭を振り、違う違う、と否定する。
今のはなんだ、?俺じゃない、。
そんなこと、絶対に思ってないっ。



ブンブン首を振っていると、いつの間にか戻ってきていた西条さんに不思議がられてしまった。


「あ、あのっ星山さん?大丈夫ですか?」

「…えっ、?ああ、大丈夫です大丈夫!」

無理やり作った引き攣った笑顔でなんとか誤魔化す。

「そう、ですか?それなら良いんですけど…。」

「本当に大丈夫ですよ。」

念を押すように、自分にも大丈夫だと言うように必死に取り繕う。

「そこまで言うなら…。あ、そうだ、あとご注文は如何なさいますか?」

「前と同じでブレンドコーヒーとシフォンケーキで、お願いします。」

「かしこまりました!少々お待ちください!」


俺のばっっか。彼女をあんなに心配そうな顔をさせてどうするんだよ。今日は上手くいかなさすぎるし、とりあえず、運ばれてきたらさっさと食って帰ろう……。



しばらくして「お待たせしました!」とやってきた彼女は、さっきの困惑顔からいつも通りの笑顔に戻っていた。

「ありがとう、いただきます。」

はしたなくない程度にささっと食べていると、周りの客たちは帰ったようで、数えられるほどの客数になっていた。


今なら、彼女に話しかけても大丈夫だろうか…。さっきの客とはどんな関係なのか聞きたいと思い、様子を伺う。すると、彼女の方から俺の方にやってきてこう言った。



「ふぅ…。やっとお客様が少し捌けました。星山さんと少しお話出来たらいいなあと思っていたので、まだ残ってくださっていて嬉しいです!」

……っっ。やめてくれ。その顔は……。その顔は、俺が、おかしくなる……。


「ほ、星山さん…?」

「あ、っ?え、ああ、俺もです。西条さんと話したいことありまして。」

「はい、何でしょうか?」

「その、こんなこと聞いたら気持ち悪いかもしれないんですけど…。さっきのお客さんとは仲良いんですか?」

言ってしまった…。最近、俺の口は俺の言うこと全く聞かないな……。

「ああ、さっきの!よく来て下さるんです!あ、あとよく話しかけて下さいますね!」

「へぇ…。」


へぇ…じゃないだろ!絶対この子目当てで来てるなそいつ……。…きも。いや、本当に気持ち悪いのは俺、だな。



認めざるおえない程、明らかに〝嫉妬〟という感情が芽生えていく。
負けたくない、渡したくない、そいつより仲良くなりたい、もっと笑顔が見たい。






……ああ、そうか。ようやく分かったよ。
俺はこの子のことが、好き、なんだな。



バレないように、少しでも仲良くなれるように、願いながら彼女に向き直る。


「西条さん。」

「は、はい。」

「コーヒーもう一杯、いただいてもいいですか?それと、お金は倍以上払うので、一緒に飲んでいただけませんか?」


彼女は驚いたような顔をしたあと、

「あの、一緒に飲めるかは分かりませんが、マスターに相談してきますね!コーヒー持ってきます!」


タッタッタッと厨房へ駈けていく姿が可愛くて、綺麗で、好きでしかなくて。
自覚した途端、馬鹿みたいに溢れて止まらなくなる気持ちを受け止める術を探す。


願わくば、なんてそんな狡いこと思わないから、友達くらいの距離になれたらいいな。