家に着いてからは毎日のルーティーンを繰り返すように書斎へ向かい、数少ない恋愛小説を開く。…その行為に別に意味なんかない筈だ。


ペラペラと数ページ読んでいると、女に一目惚れする男の話があり、そのなんとも言えない気恥ずかしいストーリーに目を奪われた。
こういう類のものは大嫌いなのに、不思議と集中し、もしかしたら、もしかしたら俺もそうなのかもしれないと思ってしまう。


……って俺はおかしくなったのか?なんで今、西条さんの顔が浮かぶんだよ。


バンッと本を閉じ、急いで風呂場に向かう。
湯船に顔を埋めて、ブクブクしたり、あー……と、声を出してみたり。

今までの自分では考えられない行為に混乱して、頭をいつも以上にガシガシ洗って。

風呂から上がると、普段静かに風呂に入る分、執事は不思議そうな顔をして「翔様?どうかされましたか?」と声を掛けてきた。
「…なんでもねえ。」と普段より口悪く、夕食でも何も発さず無言で寝室へ。



…分からない。分からないんだ。いや、本当は分かりたくないのかもしれない。自分の全てが変わってしまうような、そんな感覚に少しだけ恐怖を抱きながら、また、彼女の顔が思い出される。

ああ、クッソ。やけくそになりながら、この気持ちの正体を調べたくて、『異性の顔、思い浮かぶ』と検索してみる。
すると、『顔が好み』だとか『体の相性がいいのかも』などという、くだらない話の中に、『あなたがその人を好きなのかも』という話を見つけ、固まってしまい、自分の中の困惑の色はどんどん濃くなっていく。



俺が、誰かを好きになる……?馬鹿を言うな、それだけは絶対に有り得ないんだ。
どんな女だろうと、どんな男だろうと、それが人である限り、好きになんてなるわけがない。ましてや、ただのバイトの子だぞ。
しかも、一昨日初めて会った子だし。
例え本当に好きだとしても付き合えるわけないだろ。俺とあの子じゃ知っている世界が違いすぎる。ああっ、なんなんだよ。わからない、気持ち悪い。


どんどん増幅していく知らない気持ちを必死に蓋をして、固く固く目を瞑る。
その日も全く眠れず、寝坊してしまった。