一限から講義があるのにも関わらず、寝坊したお陰で大学へ行くのもだるくなる。
昼食を食い終わった後、大学へは行かず、大学近くの森林公園で昨日読めなかった小説の続きを読む。
今回はこいつが犯人か、トリックは何なのか、など考えながら読み進めていくのが推理小説は楽しい。
時間を忘れるほど集中していると、学校帰りなのか制服を着た女が木を一つ挟んだ隣のベンチに座った。
あれ、なんか見覚えのあるシルエットだな…。なんて思いながら本に戻ると、大きな木の向こうから俺に向かって声が掛かる。
「あれ?昨日のお客様!!」
「あ、ど、どうも。」
なんでこんなとこに……。何とも言えない気まずさを感じながら、ちらりと彼女を見てみる。
「…読書、好きなんですか?」
頭で考えるより先に言葉が出てしまい、自分でも困惑し、なんだか声も上ずった。
「はい、大好きです!それに、ここ静かで好きなんですよね、」
「分かります。俺もここ、人少なくて好きです。」
自分が人と、女と話していることに驚いてるのに、また口が勝手に動く。それになんだか彼女から発せられる〝好き〟の言葉に動悸がする。
それを隠すように、また質問を投げかけると、今度も、にっこりと笑いながら答えてくれた。
「あの、あの店はお爺さんの店とかなんですか?」
「いいえ!実は違うんです。私が、あのマスターの作るシフォンケーキ大好きで、それでマスターに無理言ってバイトさせてもらっているんです。」
大好き、か。そういう感情を持ったことがないので、共感は出来ないが、確かに美味かったのでなんとなく理解は出来る。
すると、彼女は何かを思い出したかのように「あっ、」と声を出して俺に向き直った。
「あの、迷惑じゃなかったら、お名前お伺いしても宜しいでしょうか…?」
「え、?ああ、はい。」
名前、か。そういやこの子の名前知らないな。
「俺は星山翔って言います。もし良ければ、あなたの名前も聞いていいですか?」
「あ、はい!名乗るのが先でしたね、すみません!西条美波と申します!」
西条さんっていうのか。人の名前なんてどうでもいい筈なのに、頭の中で何回も繰り返して彼女の名前を覚えていく。
「星山さん、とお呼びしたらいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。俺は西条さんでいいですかね?」
「はい!ここで会えたのも何の縁ですし、またお店に来てくださった時は、割引しますね!!あっ、マスターには内緒ですけどね?」
…まるで周りに花が咲き誇るような、とても綺麗な笑顔で、楽しそうに言う彼女を見ていると、どんどん知らない自分になっていく。
「…内緒は怒られますよ?でも、また行きますね、必ず。」
二度目なんてあるわけなかったのに、そんな宣言までしてしまい、頭はずっと困惑しているのに、心はすごくわくわくしている。
「あっ、もうこんな時間!家族が心配するので失礼しますね!また!」
そう言って手を振りながら立ち去っていく彼女の姿を俺はずっと眺めていた。
彼女が居なくなったこの場所は、驚くほど静かで、静かなことが好きな筈なのに退屈に感じてしまう。
彼女は何者なんだろうか。あれだけ楽しそうに話していて、ウザさも、苛つくことも感じるどころか自分まで楽しいと感じてしまった。その事実に今だって信じられない。
昨日たまたま寄っただけ店の店員なのに。
自分の知らない感情ばかりで戸惑いながら家に帰った。