…うわぁ、最悪だ。
大学から帰る途中、思い出したくもない気色の悪い奴らの顔を思い浮かべていたら、突然、大粒の雨に襲われた。運が無さすぎる。
傘なんか持っていないし、こんな日に限って迎えの車は渋滞しているらしく『ただいま向かっているのですが、1時間程掛かってしまいそうです。』とのことだ。

ため息をつく暇もなく、これ以上濡れないように走り、普段通らない道に入り込んだせいで、見たことも無い店に入ってしまった。
まあ、1時間くらいならコーヒー1杯飲めば休ませてくれるだろ。

カランカランと古めかしいドアノブを回すと、「いらっしゃいませ!」と明るい女店員に歓迎される。

「ああ、どうも。急に雨に降られてしまって。休ませてもらえたら嬉しいのですが。」

「もちろん大歓迎ですよ!お好きな席へどうぞ!」

お盆を抱えているその女店員は、正に〝きらきらな笑顔〟という言葉が似合う顔で俺に微笑みかける。周りでは見たことのない綺麗な表情だから、なんだか眩しいと感じてしまった。

狭い店内の中、店員やマスターから1番遠そうなソファ席に腰掛け、「じゃあ、コーヒー1杯下さい。」と伝える。

「かしこまりました!あっ、あと、宜しければ、タオルをどうぞ。」

厨房から持ってきたであろう汚れが一つも付いていない綺麗なタオルを手渡され、「ああ、はい、ありがとう。」と、少し驚きながら受け取った。そしてそのタオルで髪や体、リュックの水滴を拭き取りながら店の窓を見上げる。

…あー。これはしばらく止みそうにないな。


リュックの中に入っているパソコンを取り出し、さっき出されたばかりの課題に手をつける。ポチポチと講義の感想を書き上げ、教授に送り、来週に迫った発表のための資料を作っていると、「お待たせしましたぁ。」と、女店員は、俺の前へコーヒー1杯とクリームが乗ったシフォンケーキを置く。

「え、あの、シフォンケーキ頼んでないですが…。」

「サービスです!あの、迷惑かもしれないのですが…何か悩んでそうでしたので…。あの、当店のおすすめなんです!お代は要りませんから1口だけでも食べてみてください!」

そんな突き返す気も失せるほどの言葉と顔で言われたら、食べない訳にいかないだろ…。

「じゃあいただきます…。」

甘いものが好きではない俺にとってなかなかの苦痛だが、まあ仕方ない。手作りみたいだし、流石に持って帰って捨てられないし。
そう思いながら、1口だけ口に運ぶ。

「…!うまい、。」

なんだこれ。今まで食わされてきたケーキとは全然違う。普通に、う、美味い、と思う。
その後も夢中で食べてしまい、あっという間にシフォンケーキはなくなった。

「よかった!マスターのシフォンケーキ絶品なんですよ〜!」


全て平らげた俺の顔を覗き込み、嬉しそうに笑う彼女に、なんなんだこの女は、とよく分からない想いがふつふつと音を立てるように湧き上がる。


なんだか気まずい気持ちを抱きながら、下を向くと、この店のマスターであろう人がやって来た。

「あ、マスター!喜んでくださいましたよ!」

「そうかいそうかい。あのーお客様、すみませんね。今、他にお客さんが居ないもんで。」

「い、いえ。無料でいただいてるのも悪いので代金は支払わさせて下さい。」

どうせ二度と来ることは無い店だし、まあ、金を支払うだけの価値はあると思う。

それに、ここで金を出したところで俺にとっては端金だしな。

ちょうど雨も上がったようなので、席を立ち、レジまで歩く。

すると、その女店員は「550円になります。」とまた、晴れ渡るような笑顔で言い、さりげなくシフォンケーキの代金は断られ、「また来てくださいね、待ってます!」と付け加えるように笑った。

「は、はぁ。ま、来られたら。」

軽く会釈して、そそくさと店を出る。
珍しく、あんなに欲が無さそうな人に触れたもので、妙な気分になった。