その1



”ふう‥、妹の方だけでもマトモで、とりあえず安心した‥。しかし…、あの子、姉を本気で恐れている‥。彼女は姉が両親を殺したと本気で疑っているようだし。そして、次は自分の番ではないかと、それこそ幼いころから怯えていたと…。かわいそうに…”


桜木正樹は郡氷子の妹、ツグミとファミレスで何度か会い、郡姉妹のアウトラインを実握した。
息子と同いであった、年中2の郡ツグミが発する言を”丸呑み”して…。


その結果二人は、郡氷子がいよいよ人間を殺したいという欲求抑制が効かない段階に至ったようだと判断し、相互協力を確認しあったのだ。


***


しかし、正樹の弁護士である辻合は杓子定規の殻を厚く張っていた。


「桜木さん、難しいことは考えなくていいでしょ。法に則って対処。これでいけば、別にああだこうだなしで決する」


「辻合先生、郡氷子は普通じゃない。完全にイカレてますよ。裁判を11件も抱えてるなんて…。まるで本場のギャング並みですよ!」


弁護士の辻合は度のキツイ眼鏡の底で苦笑していた。
いや、嘲笑だったかも…。


***



「…先生、実は郡の弁護人は何人もチェンジしているが、中には彼女に対して訴訟を起こした人もいるんですよ!」


「ああ…、着手金とか、要は報酬の金銭関連でしょう?」


「いいえ!依頼人の女からストーカーまがいの強圧を受けて命の危険を感じたということからです」


「はあ…?大の男、しかも弁護士が、若い女の”依頼人”にストーカー行為って…」


さすがにビン底眼鏡の頑固弁護士も、ここで一挙に顔色が変わった。


***


「しかも、アブノーマル極まる性交渉を強制されたとかで、拒否した際には”女が股を犯せってねだってるのに恥かかせやがって!そのぶら下げてるもん飾りなら、ちょん切ってやるよ!”と、氷子はそう言って高笑いしながらその場で去った…」


「それで…?」


「翌朝、その弁護人は目が覚めると、すっぽんぽんで、自宅の外に大の字で寝ていたそうです。郡氷子の真っ黒なパンティーを掴んで…。幸い、その弁護人のイチモツは無事だったそうですが」


「巧妙な罠ですな」


「引っかかる方が悪い…。自己責任っておっしゃるんですね、辻合先生は?」


「…」


***


「それなら、アナタはその方針で進めて下さい。自分は身を守るための権利行使で、郡氷子の妹との接点を以って、逃げだけは打っておきますから。…幸い、妹の方はあなたには懐疑心を抱いているが、私には共にイカレた凶暴な姉への共闘戦線ってことで話は付いてます。先生は遠慮なく、あの女と法とやらでガンガンやっていただければ結構ですので。互いに自己責任で…」


「あっ…、いや、桜木さん、わかった。…郡氷子への対応についてはあなたの意向に沿って、適度の距離感は留意して行きましょう。…ふう、私も今回はあの女関連で耳目を放ってみたが、確かに法曹界ではアンタッチャブルな括りに入っていましたんでな。まあ、我々的には、常識の通じる相手ではない。一線超えのトップリストに入ってるようだった」


桜木は辻合のこの一言で、今対峙してい若い女が、どれだけ恐ろしい裁判相手かを痛感するのだった。








その2



「こらー、もっと腰動かせって‼」


この日もまた、夜の狂態に乱れ猛る、けたたましい姉のあられもない卑猥な雄たけび…。
隣の寝室では、ベッド中で布団をアタマからかぶった妹のツグミが両手で耳を塞いでいた。


今夜この寝室に赴いて氷子を相手していた若い男は、氷子に言われるがままをなぞるのように、ただただ”こなして”いた。
男は懸命だった。
この凶暴な女の大好きな正常位(氷子に遣わされる男連中は献上位と呼ぶ)で、上半身を起こしたまま絶頂を与えないとキツイ仕打ちを受けることになるのだ。


幸い、今夜の男は事前のリサーチとその性豪ぶりを発揮できたため、イカレた氷子を無事快感の頂上に導くことができた。


”今日のはなかなかじゃないの。いいわ…”


狂ったように快感を貪り中の氷子は、珍しく満足に近いものを感じつつあったようだ。


***


「あなた、合格よ。まあ、腰のグラインドが物足りなかったけど、イケたしね。また来なさいよ」


「ええ、ありがとうございます。じゃあ、氷子さん、おやすみなさい」


「はい、バイバイ!」


ご機嫌な、極めて異例な氷子はベッドに全裸のまま、うつぶせの状態で”本日のオトコ”を見送った。
で、その本日くんは逃げるように、一歩間違えればお仕置き部屋になっていたであろう郡家の寝室を後にした。


「ツグミー!今日のオトコのさー、枕カバーにくっついてるから、明日洗濯頼むぞー!引きこもりの分際なんだから、掃除洗濯はしっかりやるんだぞー!」


姉の大声は妹の耳にもしっかり届いた。


「枕カバーか。絶対、忘れないようにしなくちゃ…」


妹のツグミはベッドの中で震えていた。








その3



”ツグミのヤツ…、私がパパとママを殺してないって言ったら、ホッとしてやんの(苦笑)。まあ、次は自分かって、幼い時からずっと怯えていたのはこっちにも伝わっていたからね。とは言え、いよいよ私が犬をぶっ殺すとこまで来たんで、ヒト殺るのも時間の問題だろうって恐怖は返って募ったかもね”


今夜、氷子は一周り以上も年の離れた妹のツグミと、めったにないコアな本音を交えた会話の場を持った。
最も、これはこの奇異稀な姉妹にとっては、壮絶な”心理戦”でもあった。
そして、姉の氷子のみならず、若干14歳の少女であるツグミも、その”側面”を十分理解していたのだ。


”そんで、アイツ見抜いてたわ。私が故意に裁判沙汰をいくつも起こしてるってことも、その相手を挑発して、こっちを殺そうとする野郎が出てくるのを待ってるってのも…。だから私は正直に言ってやったわ。これ以上はやんないってね。ツグミはすぐピンときてたな。それって、もうその必要がないからと…。ツグミ~、ご名答~(爆笑)”


そうであった…。
ツグミは、イカレた姉の殺しの対象者に、桜木正樹がエントリーさたことを察知したのだった。


”ツグミは私がなんで、桜木なのか、その理由もわかったみたいね。そうよ!あの男の弟とアンタ、接点バリバリってのが決定打なんだわ。ふふふ‥、アンタ、私がその弟とのコト、どこまで知ってるかを探ってたわね。まあ、今はよーく考えてな。これは私とツグミとの決着でもあるんだからな!”


「…ああ、勝股ちゃん?今日のオトコ、そこそこ良かったわよー。はずんであげてね。えっ?アハハハ…、もう、久々にまあまあだったのよ。何しろ、今日、マックスで欲情しちゃってたから…。真昼間から。そう…、車ん中でやっちゃったわよ。…そうねえ、おかずは未成年のガキを縛って無理やりって絵柄だっわね。…うん、そうよ…、アハハハ…。えー?やだあ~、実際にって?どうかしらね…。お相手はまだケツ青の中学生なのよ。まあ、ヤル時はビデオ回しておくからさ…」


幸いにもこの電話での”中身”は、中学2年の妹の耳には届かなかった…。










その4




数日後…、郡氷子は桜木ケンを監禁してどんな具合に弄ぼうかと、いろいろシュミレーションを描いていた。
結果…、どうやら彼女は、桜木ケンを様々な拘束具を用いるイメージにたどり着く。


そのためには、あらかじめ睡眠薬を使って眠らせる必要があると。
そこで、ここは一度、勝俣経由で若い男を呼び寄せ、丹念にリハーサルを施しておくべきだと…。


氷子は即、勝俣に会うことにした。


「…じゃあ、氷子さん…、今夜はヨシキを回しますんで。リハーサル相手ってことで…。それで…、ホンバンのお相手になる、そのガキに打つクスリの件ですがですが、くれぐれも分量を間違えないようにお願いしますよ。未成年のガキだと、成長期のホルモンバランスでショック症状を起こすかも知れませんので…」


「ハハハ…、まあ、即死しないんだったら、”ワンプレイ”の間くらいは持つでしょ。少し強いくらいに打ってやった方が、いい反応してくれるかもしれないわよ(薄笑)」


「…」


勝股は、いつも以上にイカレた目つきではしゃぐ氷子に、思わずギョッとするのだった。



***



「でさあ…、ホンバンの時に付く人間、大丈夫でしょうね?ドン臭いのはゴメンよ」


「ええ‥、今回の仕事の内容はしっかり承知してますので、藤森と板垣を出すつもりです。あの二人なら、氷子さんのお手伝いはしっかりと…」


「まあ、無難なとこだけど…。ヘタ売ったら、いくら旧知の二人でもその場で消えてもらうから」


「はあ…、大丈夫です。オレの責任において、確約しますんで…」


氷子からは強い信頼を得ているという自負のある勝股は、”今回が特別”なのは重々処置していながらも、この時ほど彼女を心底恐いと思ったことはなかった。


”やはり本気だ…。ここは絶対にヘマはできねえ…”


勝股はさらに身を引き締めた。


***


そんな勝股を氷子は射るような視線で、しばし無言のまま何かを深く推し量るような様子だった。


「そう…。なら、いいわ。とにかくコト暁となったらさ、私の残したものは半分あなたに上げる。その代わり、妹の分を1円たりとも手をつけるようなマネしたら、私は死んでもゾンビになって、あなたのはらわたを喰いちぎにくるから。監視カメラは生きてる人間ってこともあるのよ。最後だからって私をナメたら、死んだ後まで悔いを残すこと、忘れちゃダメよ」


それは、何とも凄まじい”念押し”だった。
その種の修羅場は数えきれないほどくぐってきている勝股も、思わず背筋を震わせずにはいられなかったのだから。


「わかってますよ、氷子さん…。オレは今の今まで一度たりともあなたを裏切ったりしてませんよ!」


勝股はややムキになってそれは、訴えるような口調だった。
するとその途端、今度は氷子は大口を開けて笑い出した…。


***


「アハハハ…、そんなムキにならなくていいわよ、勝股ちゃん…。あなたとはもう長いし、信頼してるんだからさ。…でさあ、私たち、最後ってことになるかもしれないし、一発やらない?」


正直、一瞬迷ったが、郡氷子という稀代のイカレ女のことを知り尽くしている勝股は、”真に受ける”ことを拒めた。
それは抱えるリスクの回避に相当する選択だったのだろう。


だが、断りの言葉ひとつを間違えれば、この女に”発作”を起こさせる恐れがある。
それだけは避けなければならない。
彼は咄嗟ではあったが、一転、正攻法に出るのだった…。


***



「…いやあ、あのう、自分なんかはとても氷子さんの相手、務まりませんから。勘弁してくださいよ…」


「キャハハハ…、真に受けちゃったの、勝俣ちゃん…。冗談よ。あなたのアレ、祖品なの知ってるから。ハメたきゃ、とっくに迫ってるって」


「…」


これはかなり微妙な反応であった…。
無論、氷子とは長い付き合いの勝股が、敏感に”それ”を察知したのは言うまでもない。


”もうこれっきりだ。ここを逃げ切りゃ、この女の残した財の半分はいただける。うまくいって死んでくれれば尚の事嬉しいが、最後まで気は許せん!ここは言質をとらないと…”


「あのう、氷子さん、気を悪くしてませんかね?」


「別に。あんたとはまあ、うまくやってこれたんだし。感謝もしてるわよ、私みたいな狂人と最後まで付き合ってくれたんだもの。私だって、今のところはまだ抑えも効くから、大丈夫よ。でもねえ…、他のヤローだったら違ってたわねー。アハハハ…」


なんとかセーフ…。
勝股はこれで最低限の安心を得た。










その6



その夜…。
いくつもの拘束具を床に並べ、”実験台”のヨシキを待つ間、どんな感じで凌辱してやろうかしらと思いを巡らせていると…。
ほどなくして、氷子の目つきはだんだんと不気味なテカりを帯びてきた…。
この女特有と言える、脳内分泌の相互刺激作用が活発化してきたのだ。


この段階になると、彼女は”例の”暴力衝動に心と脳が手を引かれ、破裂を待つのみの風船と化していく…。


郡氷子はこの衝動を愛していた。
ザックリ言って、”ステキ”な感覚だと…。
しかし、”その感情”をそのままで個の人間として素直に行動すれば、今生きている社会では犯罪行為として罰せられる…。


ならば、ほかにその深から沸き立つ”ステキ”な衝動の埋め場所…、それこそが攻撃的かつ屈折した性欲に従った体現行為であった。
その場合、彼女のメンタルベースは破錠の一過性到達だった。


己に相手の男を呑みこませ、破壊せんばかりの激しい行為で達する…。
可能な限りの貪る欲情を発散・解放…、要するに感じるではなく、マックスで刺激を仕掛けて跳ね返ってくるものとぶつかっていく…。


郡氷子の性交渉はもはや”潰し合い”の戦いであった。
こんな狂気じみた女と交わった幾多のお相手は、郡氷子のそれがエイリアンの口とかぶったのではないか…。


***


思えば…、このどうしようもないほど攻撃的な氷子の衝動は、実際、幼い時からであった。


物心ついたころ、アリやクモから始まり、このイカレた女の”殺戮遍歴”はコオロギやバッタといった昆虫類をクリアすると、二十歳前後でハムスター、ウサギなどの小動物にステージアップ。
そして、30を前にして子猫の尻尾を持って、地面に十数度叩きつけ惨殺を果たした後は、つい先日、立派な成犬の柴犬、ロックスを果物ナイフで出血死させた…。


ここで再び、氷子の瞼には、桜木正樹の愛犬ロックスをナイフで一突きした時のナマ感触がフラッシュバックした。


”やだわ~、あのクソ犬が死ぬ間際に晒した美しい血まみれ思い出したら、もう我慢できなくなっちゃったわ。や~ねえ…”


郡氷子が恍惚の表情を浮かべる…。
それはマインド変更線突破のサイン…。
周囲の人間にとっては緊急避難警報に等しい…。


かくて…、郡氷子の寝室は、この後到着した若いヨシキが自ら上げる絶叫でこだまする修羅の館と化すのだった…。






ーfinー




注釈:本話は『私だけを濡らす雨』本編には未収録のストックエピソードから抜粋・編集しました(^^♪