わたしの選んだ世界史の授業はほぼ一クラスの座席が埋まる程度の人数で、来るのが遅かったこともあり最前列の端から二番目の席に座る。
大体、最初の席が固定されるし、先生も次回以降は同じ席に座るように言っていた。
先生の挨拶や軽い自己紹介が終わると、すぐに授業に入る。
板書がゆっくりの先生で良かった。
前期は文字は大きいけれど書くのが速くて、それにすぐ消してしまうから近い席同士でノートの交換をよくしていた。
「じゃあ、今日はここまで」
ほとんど通して2限分の授業をしたので、15分ほど早く終わる。
去年同じクラスだった子と少しだけ話をして教室を出た。
渡り廊下を使おうと思ったのだけれど、出入り口付近で駄弁っている、同じく早く終わったのであろう男子が数人いたから、一階下に降りる。
しんと静まり返った廊下を歩いていると、渡り廊下の手前の教室のプレートが目に入った。
どく、と心臓が跳ねて、息を潜める。
書道教室って、こんなところにあったんだ。
窓にはカーテンが閉まっているけれど、ドアの小窓から中の様子が見える。
教室を覗くと、城坂くんの背中を見つけた。
すっと伸びた背筋、瞬きひとつしない、真剣な横顔。
城坂くんの持っている筆は柄が白く、あの筆でないことがわかる。
何を、書いているのだろう。
城坂くんは今、どんな文字を書くのだろう。
気になって、でもこれ以上は踏み出せなくて。
詰めていた息を吐こうとしたとき、ぽんっと誰かの手が肩に乗った。
ぽろっと落としそうになった悲鳴を既の所で飲み込み、勢いよく振り向く。
「福澄さん、何見てるの?」
「驚かさないでよ……桐生くん」
英語の辞書を脇に抱えた桐生くんがそこにいて、わたしの見ていた先を確認するように教室を覗き込む。
「相変わらず、集中モードに入ると全然周りを見ないな」
桐生くんの受けていた授業の教室はこの先にあったみたいで、続々と人が移動していく。
廊下がざわついているのに、城坂くんは一目も向けずに筆を動かしていた。
「福澄さんってもしかして、習字経験者?」
「どうして?」
「見入ってるから。千里見つけて嬉しそうって感じじゃないし」
ただ見ていただけでそこまでわかってしまう桐生くんに瞠目しながら、言葉を選ぶ。
「城坂くんと同じ教室にいたの。昔の話、だけど」
城坂くんのことまで話すのは何となく、不安もある。
それ以上は話さないと告げるように俯くと、桐生くんはそれ以上何も言わなかった。