「田中さん、相変わらずなんですね、可哀想過ぎて、見てられませんよ」

麻友ちゃんが去った後、池田君が俺の肩に手を置いて、慰めの言葉を掛けてきた。

「優しくされると泣いちゃいそうだから、やめてくれない?」

「田中さん出落ちキャラだからなー、ファーストインパクトで落とせなかった時点で、負けが確定していた可能性を感じる」

「優しくするなとは言ったけど、そこまで言わなくても良くないか?」

「俺も田中さんも結構いい男だと思うんですけどね、全く(なび)かないとか、本当ないわー」

「それなー」

ひとしきりぼやいた後、池田君と別れて仕事に戻る。

4年前、森川さんに振られたはずの麻友ちゃんは、予想と違って落ち込む事もなく、スイッチを切り替えたみたいに仕事に没頭し始めた。

隙のないその様子は、俺に限らず、下心を持って近付く全ての男を蹴散らした。

だがしかし、麻友ちゃんをそばでずっと見ていた俺は、実は彼女が恋をしている事に気付いてしまった。

麻友ちゃんがいつも持ち歩いている手帳に写真が挟まっていて、それを眺めているのを偶然見掛けたのだ。

その写真は、俺と森川さんが肩を組んで写っている、前に俺があげた物だった。

麻友ちゃんが眺めているのは、残念ながら俺ではなくて、森川さんだろう。

正直、連絡すら取れない相手を4年も想い続けるとか、意味がわからない。

まあ、長年大好きアピールをスルーされ続けている俺も大概ではあるが。

池田君が前に言ってた事が、今になって身に染みる。

『佐々木さんが俺の事好きじゃなければ、いくら俺が好きでも、そんなの意味ないじゃないですか』

当時はピンとこなかったけど、今なら心の底から頷ける。

31歳、仕事も恋も、停滞させてる余裕はないお年頃だ。

お仲間だったはずの池田君も、今では立派なお父さんになっている。

「くそっ、あいつはやっぱり小賢(こざか)しい」

「田中さん?どうかしましたか?」

俺のひとり言に、麻友ちゃんが反応する。

「ごめん、何でもない、あー資料集めてくれたんだね、ありがとう」

「はい、足りてなかったら言って下さいね」

「似た案件のサンプルがあった方がいいけど」

「今何件かピックアップしてるんで、後で入れときます」

「うん、完璧だね、そしたら打合せ資料作ってもらえる?できたらチェックするから、前日までには出せるかな?」

「はい、やっておきます」

定時であがる為に、いつもより少し焦った様子が伺える。

そんな彼女がかわいくて、仕事をしている振りして、ディスプレイ越しに覗き見る。

こんな調子だから、俺はいつまで経っても、先に進めないのだ。

だが、こんな不毛な時間も、終わりを迎えようとしている。

残り一週間、それ位なら、この不毛な時間を堪能するのも、ありだと思う。