それから暫くして、主任が会社を辞める事を知った。

最近田中さんに何かと仕事を振っていたのは、引き継ぎの為だったのかもしれない。

30歳前後で転職を考える人は少なくないと聞く。

主任程の人が更なるキャリアアップを考えた時、この会社では限界があるのだろう。

だけど、一人前になる前に主任が目の前から消えてしまうのは、私にとって想定外の事だった。

初めて人を好きになってどうしたらいいかわからず、ワタワタして何もできないまま、私の初恋は終わってしまいそうだ。

異動してすぐの頃、私の事を『お前』と呼ぶ主任に衝撃を受けた。

正直それだけでも怖くて怯んでしまい、慣れるのに時間が掛かった。

失敗する度に怒鳴られ、何度泣きそうになるのを堪えたかわからない。

「お前3年目なんだろ?ヘラヘラしてる暇があったら、もっと必死になって努力しろ!」

異動して数ヶ月経った頃、主任にそう言われて、本当にその通りだなと思った。

大学に入ってから周りの人達が親切過ぎて、いつの間にか、自分で努力して何かを手に入れたり成し遂げたりする事をしなくなっていた。

社会人になっても同じように周りに甘え続けていた自分に気付かされ、目の覚めるような思いがした。

それから私は、主任の言葉通り、必死になって努力した。

一生懸命仕事に取り組み、少しずつ怒鳴られる事も減ってきて、もっと頑張ってできる事を増やしたいと思うようになっていた。

主任が声を掛けてくれたのは、そんな風に思い始めてしばらく経った頃だった。

「最近よく頑張ってるな、佐々木はセンスがあるから、この仕事向いてると思うぞ」

そう言って微笑む主任から、目を離す事ができなかった。

褒められて嬉しかったのはもちろんあるが、何より、怒った顔しか見た事のなかった主任の優しい表情に、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

大学時代、私は多くの人に告白されたが、好きと言われてもいまいちピンとこなかった。

『好き』にはいくつか種類があって、私の知ってる『好き』と、彼らの言う『好き』は別物なのだと言う事以外、理解できなかったのだ。

今もその違いを説明する事はできないけど、彼らの『好き』はこれの事だったんだなと実感した。

そして私は混乱した。

寝ても覚めても主任の顔がチラついて、余計な事ばかり考えてしまい、全く集中する事ができず、ミスが増え、主任に怒られてはへこみ、更にミスを繰り返す。

完全に負のループにはまってしまった。

やっとそのループから抜け出せたと思ったら、今度は主任が会社を辞めるという。

どうしたらいいのか、全くわからない。

まだ半人前にも満たない私に、一体何ができると言うのか。