私の新しいパーティーメンバーが勇者よりも強い件。

 

 翌朝、全員の空気がピリピリとする中いつも通りあくびをしながら起きてきたアレク様。
 朝食を摂り、後片付けをしてテントをしまう。

「じゃあ最終確認するよー。勇者以外のパーティーは全員僕とお外担当ー。街の南側に回って南門を目指しまーす」
『はい!』
「勇者たちはお外担当の僕たちが街の中の魔物を炙り出し、街が手薄になったら北門から侵入してお城を目指してくださーい。案内は商人のおにーさんにお願いしてあるのでー、弱い商人のおにーさんの護衛はクリスとオルガにお願いしましたー」
「はい」
「は〜い」
「後は臨機応変。城の状況を見て撤退か殲滅を決めまーす。城の中の勇者が存命、戦闘可能と判断した場合殲滅。城の中の勇者が死亡、戦闘不能と判断した場合は王族を護衛して連れ出し、撤退してくださーい。ちなみにその判断は勇者とメガネにお願いしまーす」
「ローグスなのだよ。いい加減覚えるのだよ」
「あははは…」
「じゃあ移動開始ー。みんなたくさん暴れよーねー」
『はーい』
「…………」

 ……だから…アレク様のあのゆるい言い方で冒険者たちまで返事がゆるくなるのはどうなんだ…?
 いや、緊張しすぎも良くないのだろうが…。

「オルガ〜、行こ〜」
「はい!」
「オルガはもう少し肩の力を抜いた方が良いんじゃない? そりゃ幼馴染を助けなきゃっ、て気合入るのも分かるけど」
「いえ! いつも通りです!」

 リリス様の表情の生暖かさ。
 …あ、リリス様といえば…リリス様はローグス様のことを…。
 い、いや! アーノルス様には内緒にしろと言われたんだった。
 それに今はそんな事を質問している場合ではない!
 待っていろ、カルセドニー!
 今助けに行くからな!

「我々は北門側に移動しよう。南が騒がしくなれば北門付近の魔物も南に移動していくはずだ。ゆっくり接近して、手薄になったところで街へ入る。その後は案内を頼む、ステヴァン君」
「は、はいっ」

 アーノルス様の言葉に身が引き締まる。
 それはステヴァンも同じらしい。
 …なんだが、少し固まりすぎでは……。
 大丈夫か?

「そんな緊張しなくてもいいよ〜。君の護衛はボクとオルガなんだから〜」
「は、はぁ…」
「無理して戦わなくていいからな?」
「うっ!」

 クリス様の言葉で肩から力が抜けたステヴァン。
 だが、私が肩を叩くと何故かまた固まった。
 何故だ…⁉︎

「…気になる女からの一言にしては威力が大き過ぎるなぁ」
「そうね」
「え? なんですかリリス様、ディロ様」
「なんでもねぇよ。ホラ、行こうぜ」
「は、はあ?」

 まあ、確かに接近出来るうちに接近しておくべきだよな。
 …ん? 街の周りには大きな堀があるんだな?
 一応王都…やや高台にもあるし…最低限の防衛機能は備えてあるのだろう。
 だがそれも空を飛ぶ魔物には無意味…。

「そろそろ時間だね」

 と、北門側へ移動中にまだ少し元気の良い木の下で立ち止まったトール様が南側へと視線を向ける。
 南側へはアレク様率いる冒険者団体が先に出発していた。
 確かに、もうそろそろ…。

「!」

 瘴気の雲の中に黒い閃光が伸びる。
 それに刺激されるように黒雲は激しい雷鳴を響かせ始めた。
 いや、瞬く間に黒雲がステンドの街を覆い飲み込むように増えていく。
 まさか…!

「うわ、アレク“少し”どころかガチじゃん〜」

 とクリス様が呟く。
 明らかにぞわぞわと背中を何かが這い上がるような感覚。
 雲が増える。
 いや、降りてくる?

「耳塞いだ方がいいよ〜」

 と、クリス様が言うので全員がそっ…と耳を両手で塞ぐ。
 まあ、あの光景を見れば何が起きようとしてるのかは大体理解出来る。



 ドゴゴゴゴゴオオォォ……‼︎



「わ、わあ…」

 耳を塞いでいても轟音。
 そして離れているここまで落雷の衝撃が響いてきた。
 ステンドの街と、街の周辺に落雷が降り注ぐ。
 ひ、ひぃ…! 毛が逆立つ!
 全身がビリビリと…せ、静電気のようなものがここまで…!

「今絶対悪い顔してるよ〜。にゃはははは」
「え? なに? クリスちゃん! 何か言った⁉︎」
「なんでもな〜い!」

 鳴り止まない雷の轟音と、降り止まない落雷。
 ここからでも街の周りをうろついていた大型の魔物が、落雷の直撃で黒焦げになるのが見えた。
 む、むごい…。
 そして……も、ものすごい…!

「うっ……ううう、み、耳がビリビリするよ…! あー、あーっ」
「うう…この距離でも鼓膜が揺れたのだよ…」
「アーノルス様ー! 俺の声聴こえますかー!」
「き、聴こえるよー! …っ、みんなの声が聴き取りづらいな…。…よし、とにかく北門へ進もう!」
「え? なに⁉︎ アーノルスなんか言った⁉︎」
「き、た、も、ん、に、す、す、む、ぞ‼︎」
「なんだね⁉︎ ジェスチャーで頼むのだよ‼︎」
「〜〜〜!」

 …だ、だめだ。
 耳を塞いでいたのになんだかビリビリする。
 平衡感覚は辛うじて、無事か?
 お、音だけでこんなに体に影響が出るなんて初めて知った。
 …空気がまだビリビリしている…。

「あ……」

 ステンドの周りにあった雲が…消えていく!

「どうしたんですか、オルガさん」
「ガロウ様…ステンド上空の雲が…」
「! …今ので大多数の魔物が消滅したのでしょうね…。瘴気雲が消えるほどの数を、一回の魔法で…」
「ねえ、あれって外担当の冒険者たち必要?」
「全部が全部はやっつけられなかったと思うよ〜。広範囲系の魔法は小型の魔物を捉えづらいから〜。アレクは『狙撃系』だから、普通より圧倒的に精度は高いけど〜…それでもコウモリ系とかネズミ系の小さいやつは今のじゃ取りこぼすだろうね〜」
「つまり、残っているのはほぼ小物か」
「……な、何者なんですか…あのアレクさんっていう人…!」

 ステヴァンが私とクリス様を振り返る。
 …何者と言われてもなぁ…。


「内緒」


 人差し指を唇に押し当て、ウインク付きで誤魔化すクリス様。
 …大体の男はこれでイチコロだな!

「か、かわいい……」
「か、かわいい……」

 ……このように。
 ディロ様とガロウ様のように。

「聴力も大分戻ってきたし、北門に進むぞ」
「あ、そうね。了解」
「はい!」

 アーノルス様、ずっと何か言ってたと思ったが…指示を出してくださっていたのか。
 聞こえないって怖い。
 でも…。

「アーノルス様は確かもう思伝(テレパス)が使えたのでは…?」
「あ……」

 思伝(テレパス)なら声が届かなくても思い浮かべた相手に喋った声が届くはず。
 私はまだうまく使えないがアーノルス様は早くも習得したと聞く。
 さすがアーノルス様!
 …ではなく…。

「す、すまない。覚えたはいいがまだ使いどころが分からないな」
「戦闘系のスキルではありませんものね」
「そう、そうなんだよ!」
「行くんでしょ?」

 ホラ、とリガル様が北門を指差す。
 はっ! ま、また立ち止まってしまった。

「こほん。よし、進もう」

 アーノルス様が歩き始める。
 一応周囲を警戒しつつ進むのだが、辺りは焦げ臭い匂いと丸焦げになった魔物の死骸が転がるのみ。
 …あれが広範囲魔法…アレク様の得意だと言っていた、広範囲狙撃…。
 もしや初めて会った時にカホスの街で使われたのは、この魔法だろうか?
 魔物のやられ方がそっくりだ。
 しかし規模はカホスの街が三つは覆われそうな程の広範囲。
 ……あの人これ程の力を隠していたのか…さすがレベル1000超え…。
 私も強くなりたいと望む戦士の一人ではあるが、ここまで強くなれる気がしないな…。
 しかも私よりも三つも年下でこんなに強いなんて…アレク様はこの先どれくらい強くなるのだろう。

「拍子抜けな程、何もいなかったな…」
「よし、北門に着いたぞ。クリス君、ここからどうするんだ? 瞬間移動(テレポート)は……」
「あー、この程度の門なら瞬間移動はいらないかな〜。待ってて、開けてくる」
「へ?」

 しゃがむクリス様。
 そしてジャンプした……と思ったら十メートルはありそうな門を駆け上がる。
 駆け…え、駆け…?

「よっと」

 そしてそのままヒョイっと門の向こう側へと消える。
 は…?

「開けるよー」

 ぎいぃ…ぎぎぎぎぎ……。

 ゆっくり開く門。
 これは数人で舵を回転させ、鎖を巻きつけて上に向かって開けるタイプのもの。
 それを一人で…?

「ひえ…」
「マ、マジかよ……」

 ディロ様とガロウ様が引いてる…。
 いや、まあ、お一人で舵を回転させてあの鋼鉄の扉を開けてしまうなんて…これまでのイメージが…。

「クリスちゃん、なんなのその怪力⁉︎」
「え〜、別に普通にパワー特化の強化魔法だけどぉ〜?」
「きょ、強化魔法…! だ、だが、こんな重い扉をたった一人で開けられる程の強化なんて…そんな強化魔法聞いたことがないのだよ⁉︎」
「え。……(この世界どんだけ魔法技術太古なの)…」
「え? なに?」
「なんでもな〜い。…ま、まあ、ボクの国の強化魔法はこのくらい出来るの〜」
「……。や、やはりすごい……是非一度君たちの国に行って魔法を学んでみたいのだよ…!」
「ホントホント! クリスちゃん詠唱も魔法陣もしょっちゅう省略するんだから! 一度ちゃんと使ってるとこ見せてよ!」
「え…え〜〜…」

 ディロ様、ガロウ様、リガル様、アーノルス様とトール様、私の肉体派六人で扉を固定する。
 外の魔物が入ってくる恐れもあるが、あの様子ではその心配は少ない。
 むしろ戦う力のないメディレディアの王族を逃す事になったら、開けておいた方がスムーズに逃がすことが出来るだろう。
 …まあ、これをいちいち開け閉めするのがかったるいのが一番だが。

「よし、ステヴァン君! 城への案内を頼むぞ!」
「は、はい!」

 トール様が腰の聖剣を引き抜く。
 美しい純白の剣。
 黄色い宝石が散りばめられた鍔。
 …カルセドニーの聖剣とは少し違うんだな…。

「行こうよ、オルガ!」
「はい!」

 リガル様に促されて走り出す。
 ステヴァンが先頭を走るので我々はその横を固めるように走る。
 時折小型のゴブリンが現れたが、街中に浮遊していたであろうリトルワイバーンなどの大型は街路に黒焦げで転がっていた。
 本当に街中の魔物もやられている…。
 アレク様の魔法、本当にすごいな…!

「あれです!」
「!」

 ステヴァンが指差す。
 水路に囲まれたメディレディアの王城。
 跳ね橋が上がっているが…。

「おっけ〜、開けてくるよ〜」

 瞬歩…で、水路を飛び越え、次の瞬間消えるクリス様。
 あ、あれが瞬間移動!
 そしてすぐにがしゃん、と中から音がして跳ね橋が下がってくる。

「ここは商人が荷馬車を入れて、王族や城の中で働く貴族たちに商品を見てもらう広間に通じています。場内へ入る扉の奥へはオレも行ったことがありません!」
「城の中への扉は頼むぞ、ディロ!」
「へっ、任しときなトール様。鍵開けは『盗賊』の十八番(おはこ)だぜ!」

 ディロ様は職業『盗賊』だったのか⁉︎
 ゆ、勇者のパーティーメンバーに『盗賊』がいるなんて…⁉︎
 い、一体どんな経緯でそんな事に。

「というか、『盗賊』がパーティーに居る勇者ってどうなのよ」

 ああ…リリス様が口に出して言っちゃった…。

「ディロはある国の国境沿いを荒し回る盗賊団の頭領だったんですよ。そこをトール様と自分が成敗し、トール様が仲間の命と引き換えにディロを仲間に迎えたんです」
「そうだったのですか。…なんにしても『鍵開け』のスキルは助かりますね」

 ガロウ様の話で経緯は理解出来た。
 因みにガロウ様もトール様がキャスティリア王国のコロシアムで実力を見初め、仲間に誘ったのだそうだ。
 元剣闘士だったのか。
 ……見事に前衛揃いなわけだな…。

「開いたぜ」

 瞬く間に商業広場から場内へ入る扉が開く。
 先へと進むと、そこは大広間。
 そして、そこにはーーー。

「な、なんという事だ…」

「うう…」
「…………」
「痛い……」
「……み、水……」

 私は、言葉が出ない。
 正門からすぐの大広間と思われる場所には多数の怪我をした兵士が、無造作に倒れていた。
 酷い…、手当もされずに……!

「そこ退いて! メガネ、やるよ! ボクらの仕事だ!」
「無論なのだよ!」
「オルガ、アイテムと水筒出して! ワタシたちも手伝うわよ!」
「は、はい!」
「我々は他にも怪我人がいないか周辺を捜索してくる!」

 すぐにクリス様とローグス様がエリアヒールやハイヒールで怪我人を治癒していく。
 私とリリス様は水を飲ませたり回復アイテムを飲ませたりして、その手伝い。
 アーノルス様たちは階段の上へと向かった。
 これは、酷い…広間が怪我人で埋め尽くされている。
 どうして、こん…………、え?

「っ! エリナ姫⁉︎」

 広間の隅に女性が倒れている!
 慌てて駆け寄ると、その女性は美しいアプリコットの髪を血で固めて倒れていた。
 酷い怪我…!
 姫様がなぜこんな大怪我で放置されているんだ⁉︎
 抱き上げて上級ポーションを飲ませる。
 頼む、飲んでくれ……!

「…………こくん…」
「!」

 一口だけだが、嚥下する音。
 すぐに傾けたポーションを全て飲み干してくれる。
 回復の光で姫の頭や腕、足の怪我が治癒されていく。
 しかし…。

「う…」
「姫様、もう一本お飲みください!」

 だめだ、完全回復には至っていない。
 私の手持ちの上級ポーションは三本。
 …上級ポーションでも全ての怪我が治りきらないなんて…。

「待ってオルガ!」
「クリス様っ」
「その子も『呪い』がかけられてる。上級ポーションもったいないよ。ボクが呪いごと治すから退いて」
「は、はい!」

 …どうやらこの広間の兵士たちは呪いを受けて怪我の治りが遅くなり、治癒魔法やポーションも効きづらくなっているらしい。
 クリス様が広範囲に『呪い解除』の魔法を掛けてくれたようだがエリナ姫は隅っこにいたので範囲外だったのだ。
 すぐにクリス様が『呪い解除』と全快の魔法を、かけて下さる。

「う…うう…」
「大丈夫? …この子オルガの友達か何かなの?」
「エリナ姫です。我がマティアスティーン王国の姫君です」
「え、マジで? お姫様がなんでこんな場所で死に掛けてるの」
「わ、分かりません…」

 エリナ姫がこんな事になっているなんて…。
 カルセドニーは…まさか…。

「姫、私です、オルガです! 姫様!」
「……………あ……うっ…オルガ…?」
「気が付かれましたか⁉︎」
「……わたくしは…っ」

 ご自身で上半身を起こすだけ回復された姫は頭を抱える。
 そしてまだ混乱する意識を手繰り寄せておられるのだろう。
 何度か瞬きを繰り返し、ハッとしたように顔を上げる。
 …しかし、すぐに俯いてしまう。
 姫…?

「…………、…わたくし…」
「大丈夫ですか、姫様」
「…ううっ…」
「姫様!」

 そして今度は両手で顔を覆い、泣き出す。
 オロオロするしかない私を見かねたのか、クリス様が「ねえ、何があったか話してもらっていい〜?」と催促する。
 そんな、姫が泣いておられるのに!
 …で、でもどう慰めればいいのか…。
 カルセドニーは無事なのだろうか…。
 き、聞くのが怖い…。

「勇者が…」
「カルセドニーが⁉︎」

 ま、まさか…!
 姫がこんな場所で倒れていたことを思うとやはりカルセドニーは…、っ死…⁉︎

「勇者が…カルセドニー様が、わたくしをここに…魔物が扉を破り、場内に入ってきた時に足止めするようにと……わたくしをここに置いていったのです……!」
「………………え……?」
「……うっ、うっ…、わたくしが怪我をして、う、動けなくなってしまったので…もうこのくらいしか出来ないだろうと…怪我をした兵士たちとともに……この場に……わたくしのことを……! …勇者…信じていたのに……!」
「……カルセドニー…が…? ひ、姫を…? ……そんな…?」

 全身から力が抜ける。
 姫…を?
 嘘だ…あの優しいカルセドニーが…姫を…魔物たちの足止めに、ここに放置しただと?
 ……でも、姫が嘘を吐くとも思えない…。
 け、けれど……!

「…………。…それはもう……勇者ではないね…」
「……うっ……ううぅっ」
「まあ、いいや。ボクらは助けに来たんだ。お腹空いてない? 立てるなら他の兵たちと一緒にここで休んでいなよ」

 座り込んだ私の代わりにクリス様がエリナ姫を支えて立たせる。
 リリス様が作って置いたスープを空間魔法で取り出して、回復した兵士たちに振る舞い始めていたところだった。
 地獄から生還した兵士たちは泣きながら感謝して、スープを飲み干していく。
 姫もその輪へと加わり、与えられたカップを飲み干してようやくホッと安堵の息を吐いた。
 安心した兵士たちが口々に語る。
 ステンドが襲われた日の事を。
 そして、その後に起きた凄惨な事態を………。